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飢饉、食糧援助について

1980年代以来、国際協力活動に関わってきたAJF代表理事・林達雄が折々に発したメッセージです。


2002年10月

飢饉に対する議論、興味深く拝見しています。

小生自身もエチオピア・ウオロ州の飢餓に対して、緊急医療とその後の復興支援の経験があり、JVCはその後、15年にわたって農村復興を試みましたが、最近、完全に撤退することになりました。その他にも、難民キャンプでの体験、神戸での体験があります。

感ずるところを述べたいと思います。

はやし

早期警報;

旱魃・飢饉ほど、最悪の事態を未然に防ぎうる災害は他に例を見ません。降るべき時期に雨が降らないなどの天候不順から、少なくとも数ヶ月の猶予が収穫期までにあるからです。また、一年限りの天候不順では決定的な問題は起きにくく、2年、3年と重なる、あるいは病虫害などが重なって決定打となるからです。

旱魃から飢餓への推移は、ローカルマーケットの価格調査を行っていれば、これも容易にわかります。エチオピアでは、穀物価格が上がり、家畜の価格が下がった時点で、飢餓が決まります。最終的には次の年の耕作に必要な、種もみだけではなく、耕作用の牛まで手放すので、復興も困難になります。

一国すべてが飢えることはない。

85年のエチオピアでは、首都住民は北部が飢えていることすら知りませんでした。中部の最適地では、欧州に(オランダ産の花として)輸出用の花を作り、空輸していました。北部でも地域差があり、同じ村の中でも、大きな差がありました。土地や家畜の数の差、家族構成、性別、年齢などにより、最初から死ぬ順序が決まっていました。

早期介入

時間的に余裕のある災害なので、早期に手を打つことが可能です。早期警報は誰もが語ることですが、、本当の早期に手が打てたケースをほとんど知りません。それは決断を要するする政治的行為だからです。

エチオピアの場合には、時の政権が無視したために、被害は100万人規模の死者となりました。道路による交通が困難であるために、最悪の村は見捨てられました。救援団体の食糧配給所まで、3日から10日かけて歩いて来ざるをえませんでした。中央政府の政治姿勢が大きな鍵となります。

医療よりもまず食料を

医療は人々が村を離れ、食料を求めて集積せざるを得なくなった段階で特に必要です。いかなる人口集積地も伝染病の流行地になりえます。都会や難民キャンプがその代表です。はしかやコレラが決定打となります。だだでさえ、栄養失調の人はあっけないほど簡単に死にます。雨に打たれた人々が一夜にして大量死したのを目撃しました。子供はさらに勝負が早い。

食料、水、住居(シェルターなど生活環境)、燃料、衛生、医療の順で重要です。食料も、最小限の熱源で摂取可能な粉食が好ましい。日本が援助しようとしている米のような粒食は、燃料を使いすぎる。

食糧援助

できることならしたくないのが、食料援助です。第一に重く、嵩ばる食料を必要とされている地域まで運ぶことが馬鹿馬鹿しい。私たちの経験では、カナダでトン当たり100ドルの小麦が、エチオピアの港までで倍に、現場までとどけると4倍の代金が必要になりました。倉庫の確保と虫除けなども結構大変です。(食料輸送会社のような仕事を専門にしているWFPや米国のNGOは慣れたものですが。)

食料援助という石油(輸送費)と人件費の無駄は、穀物の輸出入の持つ本来的な矛盾を想起させます。やはり、生産地と消費地、生産地どうしのの地理的・精神的距離が重要です。

また、道路交通に依存しない、伝統的な家畜と徒歩のルートも重要です。エチオピアにおいても、この伝統的マーケットルートが、非常時にも活用できればと思いました。

誰がどのように配るか

住民自治に任せるやり方が理想ですが、伝統組織が壊れ、移行期にある場合、不安定です。これは飢饉ではなく、ルワンダ難民キャンプにおける極端な例ですが、UNHCRが住民組織に配給をゆだねようとして、虐殺者の集団に委ねてしまったことがあります。

中央や地方の役人に対する信頼関係の有無も重要です。エチオピアではかつて、役人が村に来るときは、徴税など住民の生活を脅かしに来ることがほとんどだったので、信頼関係がほとんどありませんでした。

そこで、住民にとって利害関係の少ない外国の組織や国連機関が配給する方が現実的な場合もあるのです。この場合は撤退の適切な時期の判断が重要になります。

災害における人災的側面を一国のみに帰することのできない、グローバル化の時代において、一国の政府にすべてを委ねることは無責任ですらあります。地域の特殊性を鑑みながらも、他地域における過去の経験を生かすべきです。

食糧援助の弊害

ローカルマーケットの破壊、食文化の変化とそれにともなう栄養失調、汚職の誘発などがあげられます。詳しくは述べませんが、戦略性の高い米国からの援助には特に注意が必要です。3番目に関しては、私たちもエチオピア人スタッフとの間で経験しました。汚職は、それを起こさせる側にも責任があります。管理の透明化と、管理者に過重な責任と権限を委ねすぎないことが大切です。

ただし、(薬の不用意な使用が危険な)医療援助とは違い、食料の場合は多少の横流しがあっても、直接、生命の危険をおよぼす可能性が少ないことも確かです。(あくまで、短期的な話です。)

食料ではなく、お金を配る。

これは、とても興味深い、しかしいまだ未知の方法です。86年ごろ、エチオピアでユニセフがやろうとしてしていた記憶があります。成功例、失敗例があれば教えてください。

緊急から復興へ

緊急と復興をはっきりと分ける必要があります。はっきりとした境目などないのですが、たとえば、活動するチームを入れ替えるなど、誰にでもわかる形で変化をつけるのです。援助に伴う問題も、緊急の時期よりも、その後の復興期の方が多いような気がします。

緊急の際には、強力な命令系統が必要になります。たとえは悪いかもしれませんが、戦時体制のような感じです。一国単位での介入だけではなく、国際的な迅速な介入が必要となります。世論があまり騒がない内に予算の執行を断行するのですから。初期に総予算の3分の2を投入するぐらいの決断が重要です。(エチオピアでの経験や震災時の神戸の、失敗の事例を思い出しています。)

復興時は逆に物質的介入を減らすべき時期です。緊急からの明確な切り替えが必要なのに関わらず、実際にはだらだらと移行しがちです。遅れてやってきた予算の執行も矛盾を助長します。私たちもエチオピアで失敗しました。経験豊富に見えた欧米のNGOも、あまりに貧弱なアイデアしか持っていませんでした。そして、援助の弊害が広がりました。

災害は日常の縮図、災害対策のグローバル化、災害は誰にとっての機会か?

いかなる災害時にも、日常から準備をしてきた者だけが真価を発揮します。ディザアスター・アズ・ア・オポチュニティという言葉がありますが、災害を機会にできるのは、柔軟性を持った人と社会だけです。

経済一辺倒のグローバル化の時代(バランスを欠いた変動期)において、住民自治に期待しすぎるのは危険です。旧来の地域自治や共生の仕組みが壊される過程にあるからです。また、中央政府も開発利害に無関係な周辺地域への関心を持ちにくい時代です。そして、国際社会のマイナスの影響が、国や地域の自律的機能の減退を加速しています。こうした時代には、災害対策や共生機能をグローバル化させることが、早道かもしれません。任せきるのではなく、多いに世界規模のコミットメントを強めましょう。

『女性』に期待をかけすぎるのも禁物です。経済と言う体ばかりが大きくなり、精神が未成熟なこの時代(経済はグローバル化しても、意識や決定がグローバル化していない時代)では、うまくいきそうになっても、すぐ反動が来るからです。これも、エチオピアで経験済みです。とはいうものの、災害時は女性が自分自身の力と可能性に気が付く良い機会ではあります。シャドーワークの価値、異文化の価値、地域を越えた相互扶助の価値が顕在化する時期です。

災害時には、その社会の持つ矛盾が透けて見えます。その矛盾ゆえに、本来死ななくても良い人まで死ぬことになります。不可抗力的な天災よりも、天災にともなう人災によって、より多くの人が命を落とします。それを個人や地域の特殊性や風習に帰すのではなく、一国および世界の『政治』と『経済』にまで帰結させることが重要です。さもなければ犠牲はいつまでたっても『犬死』であり、今後も繰り返し続けることになります。

ところが、往々にして災害時に噴出した矛盾は、ほとぼりが冷めるとうやむやにされます。災害=壊れる時期の隙間をついて顕在化した(女性やシャドウワーク、多様性の価値などの)活力は、復興とともに忘れ去られます。

忘れない、忘れさせないことが重要です。

災害を別の意味の機会にしようと狙っている人々もいます。ビジネスチャンスにしようとする連中もいます。弱肉強食の世界経済においては、相手が弱ったときこそが、おいしく食べてしまうチャンス。援助という美名のもとにプロモーションする機会です。かつての粉ミルクや穀物、農薬のように在庫一掃の機会でもあります。援助=供与国の国益という図式が正当化された現代では、何でもありです。今度はどんな禿たかが登場するのでしょうか?

私たち(市民社会)にとってのコミットメント(介入)は、こうしたマイナスの介入に対する闘いでもあります。私たちが非力で、未経験だからといって、躊躇している暇はありません。相手はしっかりと狙いを定めて介入してくるのです。あるいは、完全に無視し、忘れ去る(ネグレクトする)のです。

異なる意志のぶつかり合いこそが、地域に選択肢を残すと信じています。

災害を誰のための機会にするのか?それは、直接の当事者と地域だけの課題ではなく、同じ時代と地球に棲む私たちの課題です。

再度、議論の機会を持ちたいと思います。

10月7日 タイ、バンコクにて

災害時には、人の命を救える、毛細血管網のような、微細で有機的な人のつながり、弾力的な意思決定と経済網を築きましょう。

貧困と死のメカニズムを追うのではなく、生き生きした生存と本来の『豊かさ』を追いましょう。

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