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Development Update南部アフリカのエイズ問題特集:
南アフリカ共和国西ケープ州における抗レトロウイルス薬治療実施の錯綜する諸課題

この論考は南アフリカ共和国西ケープ州AIDS対策責任者・ファリード・アブドラ(Fareed Abdullah)によるものである。州政府の対策責任者の展望から生まれたARV治療開始という類のない報告を提供する。アブドラの論考は、明確な意志と創意に満ち、真のパートナーシップに基づけば、抗レトロウイルス薬治療が人々の生命を守りかつ保健システム全体を改善する方法で実施されることを証明している

筆者は、協力し努力を重ねてこの対策を成功に導いた、実施担当者、臨床医、地元当局、NGOメンバーからなるチームに感謝したい。特に、ケース・クローテ(Keith Cloete)、ネヴィレヌ・スリンジャーズ(Nevilene Slingers)、リーツ・シャニング(Liezl Channing)、ペーター・ボック(Peter Bock)、カレン・コーエン(Karen Cohen)、トベカ・ククラ(Tobeka Qukula)、アンドリュー・ブーレ(Andrew Boulle)、ブレンダ・スマッツ(Brenda Smuts)、ネリス・グロッベラー(Nelis Grobbelaar)、テレンセ・マーシャル(Terence Marshall)そしてマルヴィナ・ジョンソン(MARVina Johnson)らARV治療実施チームの面々、またロキウェ・ムツワジ(Lokiwe Mtwazi)、ガリー・マールテンス(Gary Maartens)とエリック・ゴーメル(Eric Goemaere)らが果たした重大な役割と聡明な助言に、深く感謝の意を表したい。

序論

 南アフリカ共和国では、この数年、抗レトロウイルス薬治療実施をめぐる論争が続いてきた。この二極化した論議の政策的側面が強調された公的な場での論争は、大規模な治療実施の中で浮上する重要な技術的、方法論的問題を放置してきた。

 論争の霧中にあっても、西ケープ州保健局は、予防、ケアそして治療という3つがHIV感染拡大に組織的に取り組むために必要と主張して、これらを統合する包括的エイズ対策に向け舵を取ってきた。

 母子感染防止対策を6年間実施し、また多剤併用療法パイロット・プロジェクトを3年間行った後、2004年、西ケープ州は、抗レトロウイルス薬治療を実際に州全体で実施することができた。この論考では、対策の治療実施のための取り組みの錯綜する諸課題と、治療実現に対する組織的障害を克服するために必要な方法を述べる。

西ケープ州保健サービスの現状

 西ケープ州の保健サービスは、常駐診療医252人、出張診療医131人および64の地域ヘルスセンター、36の地区・地域病院と3つの地域拠点病院からなる。診療医の多くは、州の助成を受けながら地方当局に管理されている。州の保健局(DOH)は、地域ヘルスセンターや病院に責任を負う。これらの施設が、129,370H2におよぶ地域の450万人の住民を対象としている。

 州の人口のほぼ3分の2が、ケープタウン都市圏内にあるケープ半島に住む。93人の診療医と48の地域ヘルスセンター、またほとんどの地域病院と3つの地域拠点病院すべてが、この大都市圏内にある。農村地域内の大小の町に、残りが散在する。極度の貧困と機会の少なさが、小さな町での保健サービスの対策をより複雑にしている。数は限られているが、小さな村や農場に住む人々が重病の治療やより進んだ治療法を受けるためには、出張診療医が赴くか、彼らが最寄の町へ足を運ばねばならない。

 人口の72%が、ヘルスケアを公的な保健機関に依存している。その他の人々は医療保険に加入しており、通常、より設備の整った私立病院を利用している。人口10万人あたり、72.4人の医師と8,000強(緊急用、通常用あわせて)の病床しかない。西ケープ州では、この割合が他州と比べて高いけれど、拠点病院の配置に不均衡が生じている。医療スタッフのかなりの数(特に専門家)と拠点病院の病床は、2つの医学校によるものであり、医学教育のもたらす複雑さを引きずっている。

 地区での保健サービス段階では、医師、看護師、薬剤師を含む医療専門家が深刻に不足している。この段階では医療専門家のリクルートや維持が非常に困難で、多くの施設が常駐スタッフ不足と組織の脆弱さにあえいでいる。ここ8年間、スタッフ増員を伴わないまま、地域医療へのアクセスが増加したため、地区レベルの施設(とりわけ大都市部の地域ヘルスセンター)への出勤数が2〜3倍に増える結果となった。

 地域医療サービス組織と機能強化に充分な配慮がなされておらず、管理能力の深刻な欠如が地域ヘルスセンターレベルで起きていた。これらの施設のコンピュータ化が進んでいないことや、物理的インフラ開発を怠ったこととともに、東ケープ州やムプマランガ州ほどに、地域医療サービスが不十分ではないが、西ケープ州における地域医療サービスは他州での同様のサービスと、同程度でしかない。

人口動向と疫学

 西ケープ州は、一人当たり所得水準や雇用率・識字率の高さを反映して国内平均より高い人口増加指を示しいる。同時に州の高いジニ係数は、富裕層と貧困層間のひどい不均衡を示している。(Rasool、2004)

 他の州と比べ、西ケープ州は、人口高齢化、および糖尿病、心臓病、高血圧、ぜんそく、関節炎、精神病などを含む慢性的、非感染性の罹患率が高い方へと人口動向また疫学的推移が非常に進んでいる。乳幼児死亡率は国内平均より低く、平均寿命は長い。一方、結核感染率が非常に高く(917/100000)、アルコールや薬物への依存症、暴力や心的外傷、家庭内暴力、交通事故のような都市化に伴う現象の発生率も国内の他の地域よりかなり高い。

 州の住民の社会経済的状況の高さを考慮すると、HIV感染率が他州より低く、国内平均の約半分であることは驚くことではない。しかし、13.1%(妊産婦感染率)にのぼるHIV感染率は、相当なものであり最も大きな負担をもたらす病気であることに違いはない。15歳から49歳までの女性と子どもを除くと、最も多くの死をもたらしている単独の要因というわけではないが、HIV感染は、西ケープが現在直面する健康に対する最大の脅威である。エイズ危機がピークを迎える2010年には、HIV感染者が、州の保健施設での受診者や入院患者の25%を占めると予想されており、状況はこれから5年でさらに悪化していく。

 下のグラフは、HIV感染拡大が2010年まで指数関数的に拡大することを示している。もしこのモデルが信頼できるものであれば(この推定数は多すぎる可能性が高いという証拠がある)、2010年にはおおよそ40,000人のHIV陽性者がARV療法を必要とすることになる。現在、治療を必要とする人は10,000人から12,000人にのぼる。

グラフ1 西ケープ州における、HIV進行段階別の推定

基盤作り:西ケープ州の母子感染防止計画

 1999年1月、州当局は、カエリチャにある2か所の助産施設で、初めて母子感染防止(PMTCT: Prevention Mother to Child Transmission)プログラムを始めた。このプログラムでは、母子感染率を約30%から15%以下まで、約50%軽減されるとの見通しをもとに、HIV陽性の妊婦へAZTが単体で処方された。

 AZTをHIV陽性の妊婦に処方することは、助産施設で自発的カウンセリングとHIV抗体テストを開始すること、また大多数の女性へHIV抗体テスト受検の選択肢を提供することを意味する。母子感染防止プログラムに引き続いくケアを、地域内の9か所の診療所で実施なければならない。それは、母親達が調合ミルクほ乳(または母乳のみでの育児を選んだ少数のグループにはその方法)についてアドバイスを受けられるようにする、またHIVの臨床的な症状がないか、引き続いてチェックするために、乳児が9、18ヶ月目には、必ずHIV抗体テストを受けることができるようにするためである。

 5年間に3万人以上の女性が、カエリチャでカウンセリングとテストを受けた。この間、治療プロトコルとプログラム全体の効率は共に改善された。女性達は、現在では二剤併用療法(AZTとネビラピン)を受けており、乳児もまた両方の薬を使用している。乳児は14週ごとに(高価ではあるが)確度の高いPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)テストを必ず受けている。その結果、母子の管理全般が改善し、また陽性結果が出た乳児への長期治療のため取り組みを早期に開始すること、そして母子両者の健康状態に関して全体的によりよく把握することにつながっている。2002年に、AZTのみの処方を行っていた際には、感染率は8.9%であった。母親が二剤併用療法を受け、また乳児にPCRテストを行っていくなかで、ここ4ヶ月(2004年4〜6月)の感染率は、5.5%へと大きく減少している。

 2001年より、MTCTプログラムは、移動診療所を含む州のおよそ300の産科診療所および児童科診療所の全てで、順次、実施されるようになった。2003年3月までには、どの地域においても、上記の二剤併用療法が開始された。今会計年度中に、州全体が、カエリチャで達成された感染率(5パーセントかそれ未満)に達することが期待されている。

 カエリチャだけでなく州全体で、薬剤処方の更新が進められている。CD4カウントが200以下の女性は、出産後の継続を前提に、妊娠中から専門医による三剤併用療法(高活性抗レトロウイルス薬療法:HAART)が優先的に開始される。CD4カウントが200以上の妊婦は、28週目からAZT治療を受け、分娩中にAZTとネビラピンを、そして生後1週間はコンビビールを服用することになる(後者の組み合わせは、ネビラピンの副作用を抑えるためである)。乳児は生後1週間、ネビラピンとAZTのシロップを服用する。

 こうした感染防止・治療の組み合わせによって、西ケープ州の母子感染率は、ほぼ確実に1パーセント以下へと低下しようとしている。全面的に効果が現れるのは次の会計年度になるだろうが、今年度中に感染率低下を達成しなくてはならない。

 このPMTCTプログラムはARV治療を準備する上で重要なスタート地点であり、多くの点で、AIDSと共に生きる成人や子どもに長期にわたって三剤併用療法(HAART)を行うための予行演習となった。主にパートナーをプログラムの実施に参加させるための取り組みと共に、PMTCTプログラムのさいは投げられたのだ。ここでの経験はHAART実施の際に活かされる。カウンセリングサービスの全ては、診療所で実施されるが、いくつものNGOに委託された。主に大都市圏でのサービスのほとんどは、治療行動キャンペーン(TAC)が関与するコミュニティとの強いかかわりの中で実施されている。また多くのNGO、地方当局、医学校の病院や大学に所属する診療医たちともさまざまに連携している。これによってスタッフや中間管理者たちは彼らが特別だと感じており、そのことがプログラムの成功につながる有力な要因となっている。

HAARTプログラムの開始

 HAARTプログラムもまたカエリチャで2001年5月に開始された。今回は、州保健局と国境なき医師団(MSF)との共同事業であった。MSFは、世界中で途上国治療にますます積極的に取り組もうとしていた。初めの3年間、プログラムはほぼ全般にわたり、MSFがカエリチャの複数の地域ヘルスセンターで実施した。2004年末には1500人以上の患者がこれらの3か所で治療を受けている。

 2002年から2003年の間に、西ケープ州の公的保健機関は、少なくとも6つの別のNGOあるいは研究機関による取り組みと協力関係に入った。2003年12月までに、カエリチャ(3)、ググレツ、ランガにHAART診療所が、GFヨーステ、グローテ・シュール、ティガーバーグの公立病院そしていくつかの赤十字病院にHAART診療科が設けられた。

 HAARTプログラムは2004年始めに本格的に始まった。これは2003年11月、中央政府内閣が、全ての州におけるHAART治療実施と資金拠出を決定したためだ。西ケープ州では、その時までにすでにパイロット・プロジェクトが行われていたので、他の州に先駆けてHAARTが開始された。MTCTプログラムと試験的にARV治療を行っていた診療所でARVを扱ってきたことから、州のチームは治療導入に伴う数多くの問題に対して有効な知識を得ていた。明快さ、そして成功した治療の力強い成果が、他の診療所での治療開始に好条件であった。 ジョージ、ヴォルチェスター、パール、ボーフォート・ウェスト、マルメスバリー、シュテレンボッシュ、ロバートソン、ヘルマヌス、モーゼル・ベイ、クニシャといった遠く離れた地域を含め治療実施診療所の大多数が、すでに選任されていた。

 6000人以上の患者がすでに治療を受けており、さらに少なくとも6000人が2005年内に受けることになっている。これは治療が必要とされる人々のほぼ大多数を占める。(グラフ1、段階4参照)

HAARTのためのヘルスサービスの準備

 個々人レベルでの治療成功には、ヘルスサービスを必要とする人々がそれを利用できなければならない。それには患者を診療する医師と看護師、そして患者を初めて診断する際に手助けとなる基礎的な病理テストが必要である。さらに診断を行うための物理的な場所と機器が必要である。患者には、病気および薬の知識の教育を含めた、治療を円滑に始める準備が求められている。また服用指示に従って治療を続けていく(アドヒアランス)ための手段が与えられねばならない。治療開始後は、確実に薬を供給するシステム、心理的社会的なサポートシステムが、アドヒアランスを保障するために必要なのである。これらのシステムは患者が継続して関わることができるよう十分組織されている必要があり、それが患者が定期的かつ確実に治療を受けていくことにつながる。

 システムのレベルで、治療プログラムは、ヘルスサービスへの広範かつ様々な関わりにつながる、多くの個別事情に対応しなければならない。妊娠期間と幼児期には特別な配慮が求められる。治療開始や重い副作用のために専門医を必要とする人々も多いだろう。2つ以上の日和見感染症や、結核、心臓病、糖尿病など同時に対処しなければならない疾病を持つ患者もいるだろう。(地区病院や専門病院など)様々なレベルのヘルスサービスによる対応を必要する人々もいるだろう。システムレベルでは、管理、計画、予算、購入、契約管理とモニタリングも必要となるのだ。

 ARV療法プログラムは、特定疾病治療のように費用対効果を高く実施することはできず、ほぼ全てのヘルスサービス構成部門に係わるものとして既存のヘルスサービスに統合されねばならない。このようなプログラムを成功させるため、実施側はヘルスサービスの強化およびシステムの欠点を克服するための特別な手段を講じなければならないだろう。これらのシステムの欠点は地方の土地ごと、また国内の州ごとに異なっている。

西ケープ州におけるHAART戦略的アプローチ

 西ケープ州のARV計画によると、HIVケアは、患者のCD4カウントを測ることを含め、全ての保健機関で実施されることになっている。(看護師しかいない)診療所や病院も実施機関となる。診療所でCD4測定実施を可能にするため、全ての地方当局へ資金が提供された。CD4カウントが200以上で、患者に主要な日和見感染症が見られなかった場合は、患者はその段階用の施設でケアされるか、適切な地区病院あるいは地域拠点病院でのヘルスサービスを受けることを勧められる。結核の場合もまったく同様である。もし病院で結核と診断された場合、患者は6ヶ月から2年間の治療と予後管理を、結核専門クリニックで受けるよう勧められる。治療期間は、結核感染が初めてなのか再発なのか、あるいは多剤耐性結核菌に感染しているのかによって決まる。

 HAARTを受けることが適切と判断された患者は、HAARTを受けることのできる36施設のどれかに紹介される。紹介を受けた患者は、通常4〜6週間以上、治療に向けて準備した上で、第一次処方を用いた治療を始める。

 この実施施設を選ぶ際にトレードオフが生じている。患者の視点から見ると、州内のどの診療所、地域ヘルスセンター、病院においてもHAARTが受けられることが理想である。しかしながら、HAARTを実施できる専門医が、全ての施設にいるわけではない。HAARTケアの訓練を受けた医師は治療の方針を立てなくてはならないし、また副作用や治療に関するさまざまな問題を発見する事にも関わらねばならない。看護師らによる訪問治療が可能であるが、慣習的に医師が立ち会うことが求められている。また公的機関におよそ2000人の医師が在籍し、医師増員にも資金が投じられている西ケープ州では、このレベルの専門医を配属することが適切であろう。

 実施施設を40か50に制限することで、より少数の施設に専門医を集め、また運営が容易な数の実施施設で、医師管理と訓練を行うことができる。すでに、地区病院および地域拠点病院には、相当数の専門医が配属されており、患者の大部分がこれらの病院でHAART治療を受けることになっている。特に患者が遠距離を通院しなければならない地域拠点病院では、コミュニティ内の心理的社会的サポートプログラムとのリンケージが地区病院やコミュニティ・ヘルスセンターよりも弱いため、治療におけるアドヒアランスが低い傾向がある。

 実施施設数の制限は、患者の中での薬剤耐性が広がることを防ぐことにも寄与している。ARV治療を処方する医師が多いと、患者が治療準備不足でアドヒアランスが望めない状態であっても患者や家族が治療開始を強く求めた場合、勝手に処方がなされてしまう懸念がある。繰り返すが、短期間にできるだけ多くの患者に治療を実施することと、最初の治療を適切に実施することとの間で、正しいバランスを取ることが必要だ。薬剤耐性が生じた患者は、耐性ウイルスを広め、新たな治療プログラム参加者の治療による成果を損なう可能性がある。治療実施による公衆衛生上の利益が、薬剤耐性ウイルスがコミュニティ内で発生・変化していくことによって損なわれる危険性があるのだ。

 これを考慮すると、ARV治療対象となる患者を選択する際に従うべきプロトコルを作成することは必須だ。しかし、患者の治療を受ける権利とバランスをとる必要がある。治療施設への地理的なアクセス、HIV感染を公開しているかどうか、過去において治療アドヒアランスがあったか、または識字レベルのような心理的社会的基準が、患者にARV治療を促すかどうかを決めるのに重要となっている。アルコールや薬物への依存、また精神状態(例えば抑うつ状態など)などもARV治療対象患者を選ぶ際に重要である。これらの基準はどれも絶対的なものではない。診療チームによる患者に関する広範な事前調査が、決定を下す前に不可欠である。

 きちんとした調査に基づいてはいないが、コミュニティ内でのカウンセリングを通した心理的社会的サポートを含む広範なプログラムアプローチの範囲外で、私的な一般開業医によって始められた治療が、治療を多く失敗に終わらせ、薬剤耐性ウイルスを広める危険を増していると言われている。子どものAIDS治療においては、薬剤耐性ウイルスの影響は概して個人の治療の失敗にとどまり、性行為による薬剤耐性ウイルス感染拡大の危険は少ないので、あまり問題ではない。

 開放的なアプローチによって、西ケープ州では子どもたちをARV治療の対象とすることが急速に進んだ。子どものHIV感染が劇的に減ったことは、MTCTプログラムの成功の結果であり、これが子ども達への高い治療普及率につながってきた。治療が必要な推計1500人の子どものうち60パーセント以上がすでにプログラムの対象となっており、この値は1年以内に90パーセントを超えるだろうと予想される。

アクセス拡大の教訓と挑戦

 治療への要求の予測不能性の大きさ故に、HAARTプログラムを設定するロジスティックは複雑であることが判明している。治療が必要なAIDS患者数の概数は、人口統計や疫学、コストモデルから計算できる。西ケープ州の場合、南アフリカ保険数理協会が開発した人口統計モデルが今後のHIV感染率を予測しており、そこから治療を必要とする患者総数が予想できる。モデルでは発症段階のHIV感染者の割合が予想でき、長期に及ぶ治療を継続している患者数を、各年毎におおよそ推計することができる。

 これらの予測を実施施設ごとの予測に切り替える仕事は、困難を極め、いくらか当て推量も必要だった。西ケープ州では、3年間の地区レベルの普及調査により妊産婦検診普及率のデータが、それぞれのヘルスサービス地区で得られている。またこれはAIDS発症率が高度、中程度、低度地域にわたる、広範な範囲での推計を可能にした。

 実施施設ごとに診療医と話し合う中で、それぞれの患者収容能力と治療を待つ患者のリストが示された。実施施設毎の患者数予測をもとに、実施施設単位で薬と研究費用のための予算が立てられた。現有のスタッフ、補充が必要なスタッフを考慮し、また実施施設を構成するさまざまな職種それぞれに求められる規範を調整して、実施施設ごとにスタッフ補充計画が立てられた。月ごとに治療を開始する患者数は、確実に支出が利用可能な予算内に収まるように算出された。これは、各実施施設でモニタリング用の支出期間後、予算が修正されねばならないことを十分承知の上でなされた。資金を実施率の低い施設から高い施設へと振り分け直すことができるよう設計されたメカニズムが作られた。スタッフ人件費は、公的保健機関が新たなスタッフを募集し雇用するのにかかる時間を現実的なものにするために確定できなかった。ここでも、スタッフを増員し確実なやり方を取っていくことを約束することと、そのようなスタッフ増員を待たずにARV治療プログラムを始めたいという診療医の希望とのバランスの問題に突き当たった。

 非常に多くのスタッフの増員、特に医師、看護師、薬剤師の増員がHAARTプログラムに必要とされる。医療専門職が一般に不足している背景で、スタッフの新規雇用は大きな課題となっている。また常に、すでに広まっている地域ヘルスケアシステムから、HAARTプログラムへとスタッフが流出する恐れがある。このジレンマは扱いにくく、我々はこれをうまく処理できたとはいえない。HAARTプログラムは医師、看護師、薬剤師らにとって様々な理由で魅力がある。まずプログラム実施組織が良くできており、またプログラムを通して医療専門家たちは大きな達成感を体験することができる。HAARTプログラムのために献身的なスタッフを雇うことと、より広く公的サービスにスタッフを集めるためにプログラムを活用することとの適切なバランスをとらなくてはならないのだ。HAART実施施設の保健サービス・スタッフにHAARではない職務を強制することは、新規雇用への応募を抑制するかもしれない。一方、すでに保健サービスに従事しているスタッフに、HAARTプログラムに参加することを許可していないことは、選択した場所で働く権利を侵害することになる。すでにスタッフ体制がしっかりしている実施施設では献身を求めるポストの宣伝をし、また、一般の医療サービス、特に地域医療分野からスタッフを奪ってしまいかねない実施施設では、HAARTプログラムが保健サービスへの信頼・魅力を高めることを強調するというように、実施施設毎に決定を下すアプローチが取られてきた。

 施設の管理者や医療コーディネーターたちは最適な選択をするための情報を十分に持っていることがわかった。これらの情報によって施設ごとの決定が可能になった。特別にHAARTプログラム・スタッフに雇用するよりも、施設の全体的なスタッフ増員が不可欠であることが判明した。実施施設がスタッフを最適な割合で増員できる予算の活用が、HAARTプログラムの着手と施設全体の要求を満たすことを可能にした。このように、HAARTプログラムはリソースを施設全体に分配したと見ることができる。このアプローチは、ことさらにリソース配分が多く見えるプログラムに対して抱かれる憤りの可能性を減らし、また、HAARTの導入が、公的医療サービスの全体的な向上につながりうるという考えに信頼を与えている。

 大量の医薬品を扱うプログラムであるHAART実施を担う薬剤サービスにおいても、同様のアプローチがとられた。高価なARVを大量に扱いHAART実施に重要な役割を担う薬剤サービスは、施設内に安定してきちんと組織されていなければならない。HAARTのために新たな薬剤サービス準備を考えるなど不可能であった。

 HAARTプログラムの薬剤関係の構成は、全体的な医療サービスの薬剤サービスに全面的に統合されている。西ケープ州では、地域ヘルスセンターでの薬剤サービスシステムが弱く、特に大都市で、これは克服が困難な障害であった。中心となる薬局(すなわちケープ医薬品配給所)は、しばしば施設に薬品を供給できないでいる。病院は供給会社から直接薬品を調達することが認められていても、地域ヘルスセンターでは、コンピュータ化されておらず、予算を活用することも担当者を任命することもできないので、医薬品配給所以外から薬品を調達するに必要な管理能力もロジスティック能力もない。

 地域ヘルスセンターへ供給する医薬品配給所がうまくいっていないのは、医薬品配給所の建築が適していないこと、医薬品在庫も調達資金も不足していること、コンピュータ化が進んでいないことに加え、運営者のリーダーシップ・スタッフのモラルが欠如し、労働生産性が低いことに起因している。医薬品配給所は、供給者側が時間通りに届けなかったとか、特定の製品が国際的に不足していると、しばしば言い訳する。オーダーに応えられなかった時、これが正当な言い分か、また供給者側が適切に管理されていないのかどうか、保健局で話し合われるところである。

 施設レベルでは、薬剤サービスに十分な計画が立てられておらず、たいてい場所も不十分である。薬剤師は不足し、公的サービスの給料が安いので薬剤師が集まらない。在庫管理システムは手作業である。このレベルには、さまざまな問題に取り組むに十分な運営能力がない。セキュリティーはほとんどの地域ヘルスセンターで問題であり、犯罪組織が公的セクターを標的にしている。そのためセキュリティーは、実施施設の数と場所の選定の際、重要な考慮点となっている。医薬品の盗難は複雑な問題だ。税によって購入された医薬品の盗難を阻止するという保健局の責任問題だけでなく、地域内で盗難ARVが売買されると、配給制度組織化が失敗し、またコミュニティ内で薬剤耐性が高まり、薬剤耐性ウイルス感染拡大の危険にもつながる。

 このプログラム実施にあたっての困難な分野で我々が取ったアプローチは、「できる」ことに、一つずつ取り組むことであった。実施施設設置認可の過程の1部として、長所、短所を挙げたチェックリストが選定対象とされた施設ごとに作成され、また早期のARV治療開始のために、適切な薬剤システム能力や代わりとなる暫定的な準備がある施設が他の施設と組み合わされた。

 チェックリストは、薬剤サービスのための物理的スペース、スタッフ能力、セキュリティー、また薬局の基礎組織および医薬品処方実施や医薬品管理に関する事項などを項目化している。標準的なARV処方が開発され、全ての施設の薬剤サービス・スタッフがこの処方実施の訓練を受けた。

 薬剤サービス運営が成功するか否かにとって最も重要な指標は、コミットメント、熱意、担当薬剤師の能力であり、特に最初の2つが最も大切だとわかった。これらの指標は公的セクターの薬剤師の間で低くなかった。これは人命を救える薬を私立病院・診療所では手に入れられるのに公的サービスが提供できないことで、医療従事者達が経験してきた深いフラストレーションの反映である。開始チームが治療実施メカニズムを起動させるために実施施設を訪れる度に、熱意と安堵感が迎えた。ARV治療のために薬剤サービスを整えることが、薬剤サービス全体の機能性をもっと全般的に見直し、改善する機会を与えた。ARV治療がより多くのスタッフとリソース投入につながり、また薬剤サービス制度を刷新、改組する機会となったように、概して全体的な改善につながった。注目すべきは、ARV薬を薬剤サービスに導入することが大きな改革であるということだ。医薬品の量と調達額(値段)も薬剤師やアシスタントの仕事量も、非常に(20〜30%程も)大きくなっている。我々の状況からすれば、実質的な他のリソースが付け加わるのであれば、全体の薬局制度改善のきっかけとしてARV薬を導入することは可能なように見える。だがリソースが限られた状況では、他のアプローチがもっと適切であるのかもしれない。

 医薬品調達に関しては、事態はまったく異なっていた。事前調査でわかったのは、これまでの医薬品調達システムや店舗能力は、ARV導入に伴う圧力下で崩壊してしまうだろうということだった。医薬品配給所の倉庫には450?の薬品(4か月間の在庫分)のための、物理的に充分なスペースがなかった。現行の医薬品配給所での在庫切れの危険は大変大きく、別個の調達プロセス、別店舗の設置が決定された。

成功要因

さまざまなパートナーシップ

 いくつものパートナーと共に作業したことが、ARV治療開始のための大きな成功要因であった。特に、ARV治療実施および運営について保健局の能力や経験が足りなかった、開始初期の頃に大変重要だった。この期間、3つのパートナーシップ−国境なき医師団(カエリチャ)、デズモンド・ツツHIVセンター(ググレツ:クルセイド、シティ・ブリッジ財団およびパンゲアが事業助成)、またキッズポジティブ(グローテ・シュール病院:One to One財団が事業助成)との共同イニシアティブ−が重要だった。

 いくつかの調査プロジェクト、特にティガーバーグ病院の調査プロジェクトは、保健局の支援を受けた。これらのパートナーシップは全て、公的セクターでのARV治療実施を最善の形で実行開始することを目的に、治療を実施しながら行う調査プロジェクトとして設定された。またそれらの活動は、公的システムとしてどのようにARV治療を組織していくかという基本的な疑問に答えるために、全て報告された。カエリチャとググレツのプロジェクトからは、同じようないくつもの疑問が提出された;公的セクターでARV治療を実施することは実現可能か、公的セクターの諸条件の下でどのようにして高いアドヒアランスを実現していくのか、コミュニティの心理的社会的サポートのための最良モデルとは何か、ARV治療実施施設は日和見感染症治療をすべきか、それともARV治療のみを行うべきか、300人の患者集団に対し何人の医師と看護師が必要か、どのようなARV薬の組み合わせを用いるべきか?

 パートナーシップの明文化された目的は重要であるが、行間から読みとることのできることはおそらくもっと重要だ。保健局は、信頼できる相手であり全力でARV治療に取り組んでいると受け取られた。さまざまなリソースが限られているところではさまざまなパートナーシップを結んでいくという決定は、革新的であった。我々は皆同じ側にいて、ウイルスを相手にしている。全ての仲間−政府、地方当局、NGO,国際的ドナーや診療医−がこの状況下で最善を尽くすため協力し合うという、正のスパイラルにつながる。このことの重要性は過小評価されるべきではない。先進的で革新的、効果的で包括的に見えるプログラムはクオリティーの高いスタッフやより良いリソース、公の、または市民社会からの大きな信頼を集めるし、批判を呼ばない。

 ここ6ヶ月間の公的負担によるARV治療導入過程の中で、保健局はAbsolute Return for Kids(ARK)というNGOと、ユニークなパートナーシップをとり始めた。新しい施設での導入を早めるためである。ARKは、施設の能力を迅速に高めるために、医師、看護師そして(または地域のニーズによって)薬剤師チームを導入してきた。保健局が定員拡大によって新規スタッフを雇用できるようになり、事業運営のシステムが改善されたら、ARKは事業からスタッフを引き上げる。これは非常に推奨されるべきモデルである。

 その地域以外に多くの協力者が存在しており、サハラ砂漠以南アフリカ諸国でのエイズ治療に資金を拠出しようとする多くのドナーがいる。政府は、これらの協力者・ドナーを事業に巻き込むべきだ。外部の協力者たちと連携してきた中で、我々は重要なリソースをもたらす協力者と、資金よりも熱意を持つ人々を分けることを学んできた。多くの協力者が博士号取得やLancetへの寄稿のために調査資料を探していた。そのような人々は拠出する金額が限られているので見分けが付く。パートナーシップの管理は複雑で困難になりうる。協力者が多すぎると管理が大変で、申し出のいくつかは協力者の多さに圧倒されないよう、やむなく断る場合がある。協力者は時間と指示を求め、これを与えることができないと、協力者はもしかしたら勝手な行動に走るかもしれない。パートナーシップは慎重に選ばれるべきで、理想としては、リソースが充分にあり、役割が明確で、診療スタッフ増員も可能にできるところが良い。

 議論は今、実施の引継ぎとパートナーシップ終了を、協力者と話し合う段階まで来ている。全参加者はそのようなパートナーシップには終結点があり、この場合それは3年から5年の間であるということを理解する必要がある。次年度には、保健局はこのパートナーシップ関連の支出を全て引き継ぐ予定だ。パートナーシップの終了は、プロジェクトに対して育った、深い愛着と同じくらい慎重に行わなければならない。また終了のプロセスは実行前に詳細に渡って同意を得なければならない。

マネジメントモデル

 ARVプログラムのマネジメントモデルは、プログラムが成功した重要な要因として絶賛された。この見方は支持できるが、モデルを正確に記述することは簡単ではない。HIV/AIDS治療の臨床および科学に関する情報は日々変わっていくため、診療医が政策作成過程にできるだけ携わる必要がある。施設の管理者たちと診療医たちが共通の政策決定過程に参加し、定期的に話し合いプログラム施行の主政策を決めることで可能となった。新しい実施施設で協力することになる施設管理者と診療医には、こうした取り組み方が指導された。管理者が臨床の「現場の」問題を学ぶ一方で、診療医たちも予算や人材、医薬品や機器の供給網、または保健システムのインフラが抱える制約とインフラ作りの必要性などに関する管理上の問題を認識し始めた。協力者たちも政策決定過程に直接招き入れられた。

 このマネジメントモデルが、公開性と透明性につながり、問題に対して共同で対処することや成功を共同の課題とすることができた。西ケープ州の診療医たちが西ケープ州ARV治療実現の評判を高めることにおいて果たして来た役割は、MSFのような国際的協力者などと同様にたいへん大きい。これもまた、正のスパイラルと言える。

いくつかの弱点

 西ケープ州のARV治療プログラムには、実施チームにとってはすでによく知られた重大な弱点もある。プログラム実施にあたって優先する取り組みを決定する際に行われたトレードオフに関わる弱点である。これらの取り組みを実施するための政策的枠組みがなかったのである。こうした弱点は、対応する政策が策定されていけば克服できる。栄養支援の取り組み、コミュニティにおけるアドヒアランス保障の取り組みなどがある。

栄養支援の重要性

 栄養支援に関しては、今年度の予算では、全てのARV治療を受けている患者に栄養支援を行うことができなかった。体重指標が18.5の患者は、結核を含む全ての慢性病患者へ栄養支援を行っている保健局タンパク質・エネルギー支援(Department's Protein Energy Malnutrition scheme)によって栄養支援を受けた。適切な栄養摂取がARV治療へのアドヒアランス保障に重要な役割を果たすことから、現在、ARV治療実施施設において必要とする全ての患者に栄養支援を行う政策が明らかにされた。来会計年度には、予算措置が講じられることになる。全ての施設は、大量の栄養強化食品保管スペースを確保し、またこれらの食品配分を実施するために組織と任務分担を再編し人心一新をしなくてはならない。食品は周知のように盗難に遭いやすいので、適切な管理が必要である。

 コミュニティにおける心理的社会的サポート政策は、試行錯誤の最中である。サポートのあり方についていくつかのモデルがあるが、どれが西ケープ州に最良なのか結論を出すのが困難なのである。カエリチャでは、ARV治療を受ける患者は、心理的社会的サポートを中心になって担う治療コーチを選択することになっている。コミュニティで活動する治療コーチを施設内のカウンセラーおよび支援グループがバックアップしている。患者および治療コーチを対象とした治療薬を知るプログラムが実施されている。治療開始後2年間のアドヒアランスは良い。

 ググレツでは、全く違った手法が取られている。コミュニティで活動する市民カウンセラーが、30人の患者を担当し、家庭を訪問し患者の持っているARVの数をチェックしているのだ。患者は何か問題があった時、まずこの市民カウンセラーに相談することになる。市民カウンセラーは、診療所でもかなりの時間を費やし、医師や看護師と一緒になって患者支援を行っている。このモデルで必要とされるカウンセラーの数は、カエリチャ・モデルに比べてかなり多く、実施費用も高額になる。ここでも、この2年間のアドヒアランスは良い。

 ティガーバーグ病院では、患者は病院でカウンセリングを受け、コミュニティ内では、病院の指示を受けた在宅訪問ケア団体が患者の世話をしている。このモデルは、未活用の在宅訪問ケア分野の潜在力を有効利用しようとしているけれど、他に比して成果を上げていない。理論的には、ARV治療を受ける患者が増えるにつれて基本的には在宅訪問ケアの需要が減少していくので、訪問ケアの実施者がより広範な心理的社会的サポートを担うことのできるよう能力を向上させていく必要がある。これらのモデルが検討の対象となっており、診療医・管理者・協力者合同フォーラムにおいて、どのモデルが最も費用対効果が良いのか、決定されることになっている。決定されたモデルに基づく心理的社会的サポートが、全ARV治療施設で実施され、実施費用がコミュニティ内でのシステム強化につながるように運用されることになっている。

全ての人々に届くにどうすればよいのか?

 最も重大な弱点は、多くの実施施設で患者がARV治療開始までなかなかたどり着かないことにある。患者が精密検査を受けて、CD4が200以下になっているのが判明したらARV治療が開始されるグループに分類される。実際に治療を始めるまで、4週間から6週間をかけて患者への治療教育がなされる。もし治療への準備が不十分であればもっと治療教育にかけられる期間は長くなる。その結果、どの施設においても、20%から40%の患者はARV治療に向けて準備中ということになる。加えて多くの施設で診療医・看護師が不足していて事態を悪化させている。この準備期間中に重篤な日和見感染症を発症するかもしれないという問題があり、どの施設であれ多数の準備中の患者たちの存在が診療医の最も苦慮していることである。準備中の患者が多いことは、治療そのものの開始が遅れることにもつながる。カエリチャでは、最初の2年間にARV治療を開始した患者の平均CD4は50であった。これでは余りにも低い。結果として、ARV治療を開始したものの病状が非常に悪化したり合併症を併発したりする可能性が高くなり、また、治療費用もかさみ死亡率も高くなる。

 カエリチャでは、4人の診療医増員によって、ARV治療を開始した患者の平均CD4が89へ上昇した。医師たちも看護師たちも治療開始が早いと患者も治療への対応が楽になり、すでに治療を受けている患者に要する時間が短くなると報告している。その結果、より多くの患者を診ることが可能になって、施設でのケア全体が改善されることにつながっている。準備中の患者の多いことは別の問題にもつながる。CD4が200以下の妊婦は、4週間から6週間も治療開始を待つことはできない。早急に治療を開始する必要がある。妊婦たちが多数の治療準備中の患者がいる施設に紹介されてくると、医師たちは、すでに精密検査を済ませ治療開始を待っている患者を飛ばして妊婦を優先すべきかどうかという倫理上の難問にぶつかることになる。その結果、妊婦へのARV治療も遅れがちである。幸いにも、西ケープ州では6ヶ月から12ヶ月の間に治療開始の遅れを解消できる見通しであり、その後はより早く必要とする患者へのARV治療を開始することになる。妊婦のように至急に治療開始が必要な患者への対応も遅れなくなる。

その他の課題

 ARV治療プロジェクト実施にあたって理解し解明しなくてはならない錯綜する課題はまだまだ多い。10%から15%の患者が、ARV治療開始前にさらに専門的な検査を受けたり、免疫再構築症候群や重大なARV副作用に対処するために、専門医の診療を必要としている。診療所や出張診療の支援、大多数の患者の治療を担当している地域ヘルスセンターあるいは地区病院スタッフ研修のためにも、地区病院、地域拠点病院の専門診療科は必要とされている。

 ほとんどの施設において、ARV治療を実施するために施設の構造・設備の準備がないことも問題となる。ARV治療を行うためには、新たに相談室(個室が望ましい)、カウンセリング用器材に加えて薬剤サービス用のスペース、仕組み、スタッフ、機材とセッティングが必要なのである。公共機関の建物の新増築には時間がかかることは周知のことで、多くの施設は2年ないし3年間この問題と対処しながら増改築や新たな建物が作られるのを待つことになる。従って、現時点では、新増築された建物に関する要望やその後の運用に伴うニーズについて組織的体系的に検討することはできない。

結論

 3年間のパイロット・プロジェクトおよびその後1年間、全州でARV治療を実施するための取り組みを通して、西ケープ州は公的医療に新たな治療体系を組み込んでいくことに関するいくつもの重要な教訓を学んできた。

 我々は、熟練した医師・看護師たちがコミュニティ内でアドヒアランスを保障しようとする心理的社会的サポート・プログラムと連携してシナジー効果を生み出しうる、コミュニティヘルスセンターあるいは地区病院でARV治療を実施することが、より効果的であると確信している。また我々は、他の医療的なさまざまな働きかけと別個にARV治療を実施することはできないので、全ての保健サービスの構成要素がプログラム化された働きかけへとまとめ上げられなければならないことを学んだ。

 また我々は、ARV治療を実施することが公的医療におけるシステム上の諸問題を解決するよい機会となっているという見方をするようになった。まず薬剤サービスが、ARV治療実施に向けて大きく変わった。また、ARV治療プログラムにおいても通常の地域ヘルスケアにおいても、医師・看護師・薬剤師の新規雇用や定着に良い影響を及ぼしている。後者に関して言えば、ARV治療プログラムは、良く練られた質の高いスタッフ訓練プログラムであり、スタッフの士気にも良い影響を与えるものであることがわかった。

 ARV治療を実施する中で得られた重要な教訓の中には、次のものがある。

  • 柔軟な対応の重要性
  • 治療実施にあたって、パートナーシップおよび診療医はじめとする医療スタッフとコミュニケーションを取り参加を促すことを通して得られた信頼の重要性
  • ARV治療を実施できることが、公的医療セクター全体で診療医の士気向上につながったこと

 南アフリカ共和国は、世界でも最大規模のARV治療プログラムに必要なリソースを公的に負担するという、途上国の中では特異な位置にある。西ケープ州は、全国的なプログラム成功の礎を築き、道筋をつけていく決意である。

 我々は、この取り組みが困難ではあるが、行動と献身的努力を正しく組み合わせれば、必要な人全てに届く治療プログラムを実施できることを明らかにしていきたい。


資料集『 貧しい国々でのエイズ治療実現へのあゆみ』目次

南アフリカ共和国におけるHIV陽性者自身の闘いについては、以下の本もご覧ください。
Witness to AIDS by Edwin Cameron(南ア最高裁判事)

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