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アフリカに関わる活動を行っているNGOのデータベースおよびアフリカのエイズ問題に関するニュース・情報データベースです。
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エイズ遺児:アフリカにせまる静かな危機

アフリカではエイズによって1700万人が死亡し、それによって1200万人がエイズ遺児となった。エイズ遺児たちは、両親の死によって心に傷を負い、仲間から差別をうけ、 一家の大黒柱を失ったことで、しばしば絶望的な貧困に陥る。この増加し続けるエイズ遺児(「両親のいずれかもしくは両方を失った子ども」と定義される)は、HIV感染の拡大する多くの国々において、伝統的な大家族に歪みをもたらし、国家福祉や教育システムを圧迫している。ザンビアにおいてこの問題は特に深刻である。米国国際開発庁(USAID:the US Agency for International Development)によると、2000年時点でエイズ遺児は120万人を超えており、これはザンビアの子ども全体の四分の一に当たる。このうち、およそ930,000人が少なくとも両親のいずれかをエイズによって失ったと推測されている。

「これらの子どもたちに衣食住や教育を施すは道徳的要請であり、アフリカの発展にとっても不可欠である」と、アフリカ・エイズに関する国連事務総長特使であるスティーブン・ルイス(Stephen Lewis)氏はAfrica recoveryに対して述べている。彼は言う。「これらの子どもたちを救うためにはヘラクレスのようなすさまじい努力が必要とされる。十分な措置を講じないと報いをうけることになる・・・子どもたちが教育を受けていないような社会では基本的な職務が満たされなくなる・・・生きていくことが極度に厳しいために、社会の大部分の人々が反社会的な感情を持っているような社会になってしまう。そしてまた、この世代は自分自身に価値を見いだすことができなくなるために、搾取の対象とされやすくまた病気にかかりやすくなってしまう。」

エイズ遺児のために必要なことは、次に口にする食事のように喫緊なものから、彼らが青年期を過ぎるまでの、教育へのアクセスや指導・ケアなど幅広い。2001年7月のジェノバサミットにおいて、コフィ・アナン国連事務総長は先進国の指導者に対し、エイズによって危機にさらされている命、特にエイズ遺児を守るために資金拠出の必要性を訴えた。エイズ遺児は地球規模で1300万人に達しており、その数はさらに増加している。

家族を強化する

しかしながら、ザンビアやエイズによって壊滅的な打撃を受けた諸国では、危機にさらされた子どもたちを守るための伝統的なメカニズムである大家族制が貧困と病という二重の圧力によって破壊されはじめている。

「家族を強化することが、エイズ遺児という危機に対する唯一の現実的な対応である」とUNICEFのカロル・ベラミー(Carol Bellamy)所長は言う。「ここではこれらのエイズ遺児を保護するための児童施設は絶対的に不足している。私達は大家族を強化してあげなくてはならない。」しかし、エイズ遺児問題をザンビアにせまる「静かな危機」と名付けた1999年の調査は、実際には家族強化が困難であることを示している。

問題のひとつは資金である。エイズ遺児の増加は、国家が深刻な貧困に陥り、債務に苦しんでいることの原因であり結果である。貧困と債務は多くの家族を生死の境へ追いやり、エイズ遺児の危機に対応する政府の能力を狭めている。1999年に490ドルであった一人当たりの国民所得は、2000年の終わりには330ドルまでに減少してしまった。その一方で、昨年の債務返済には、国家の福祉・教育予算をあわせたよりも多くの歳費が費やされた。

多くの子どもたちにとって、両親を失うことは、貧困に陥ることであり、その結果、教育へのアクセスが閉ざされ、血縁者や隣人からの非難を受けることにつながる。死亡者の増加にも拘わらず、ザンビアのエイズ遺児の半数近くが、生き残った片親、多くは母親と生活をしている。しかし、婚姻者間での高いHIV感染率は、それらの子どもたちの多くがいずれ両親を失い、大家族の全責任を背負うことになることを示している。これらの子どもたちの約40%が祖父母に育てられ、約30%が叔父や叔母などの親戚によって育てられる。

しかしながら、このような家族構成の影響は計り知れない。4人の孫を育てている、ある70歳の女性が調査員に語った。「これらの子どもたちが私のところに連れられてきて以来、私はとても苦しい。私はこの子達をきちんと育てていくには年老いすぎている。私は田畑を耕すこともできず、食料は底をついてしまう。」

「このような状態は、しばしば家族全体を生死の淵に追いやることになる。にもかかわらず引き受けている家族は、信じられないほどの自己犠牲を払っている」とルイス特使は認めた。「彼らはもともと自分達が生きていくのに精一杯なのに、突然2人の子どもの面倒を見ることになる・・・HIV感染率の高い国々で起こっているこのような大家族制に対するかつてないほどの打撃を誰が予想できただろう。本当にたいへんな課題に直面している。」

ザンビアにおいて、かつては稀であった子どもを世帯主とする家族が、今日では急激に一般的なものになりつつある。しかし、正式で伝統的な遺産承継や土地所有、医療や教育に関する政策はこのようなニーズに追いついていない。「私達の両親は2人とも1995年に死んでしまった。」と一人の若い女性がUNICEFの調査員に語った。「両親が死んだ時、私達の親戚は私達をおいてどこかへ行ってしまった。私達の両親は大きな農園を持っていたのに、それもとられてしまい、食べ物を育てる場所もない。私の弟や妹は乞食となり、家々を回って食べ物を集めています。」

また別の子どもたちは、近隣に預けられたり、ザンビアにごく少数存在する児童施設や収容施設に寝床を見つける。そこからも取り残された子どもたちには、ザンビア都市部の道路しかない。そこで子どもたちは、年長者から監督を受けることも安定した住居を持つこともなく、物乞いや犯罪によって生き延びている。

孤児?それとも困窮する子ども?

ザンビアでは、孤児やさまざまな危機にさらされた子どもたちを育てていくために、家族を支援することが、コミュニティにとって主要な課題になっている。HIV感染が国中に広がったここ20年近くの間に、何百もの宗教またはコミュニティを基盤とした子どもたちのための団体や家庭医療サービスプロジェクトが、病気の人々を世話したり、孤児や母子ないし父子家族へのカウンセリングや支援のために立ち上げられている。そのプログラムはコミュニティによって様々である。しかし、多少の違いはあっても、それらの試みは家族の2つの基本的なニーズを満たすことを支援している、食料と教育である。

まずコミュニティが直面する最初の課題は、孤児をどう定義し、どのような子どもたちを特別な保護の対象とするのかを決定することである。UNICEFその他ドナー(支援国・国際機関)が支援した1999年の研究によると、多くのザンビア人は、子どもたちが成人の近親者と住むことができない場合のみ、孤児としてみなすと考えている。いくつかのコミュニティでは、両親は失ったものの、他の近親者によって何らかの保護を受けている子どもたちは、その家族が極端に貧しくない限りは特別な保護を受ける事を要求するに値しないと考えられている。多くのザンビア人は「孤児」という呼び方よりも「困窮する子ども」という呼び方を好む。というのも、しばしば、両親を持つ子どもたちが両親を失った子どもたちに比べて、物質的に豊かであるとは言えず、両親を失った子どもと同様の援助を得るに値すると考えられているのである。この調査によると孤児になった子どもたちのうち75%が貧困ラインより下で生活しているが、両親を持つ子どものうちの73%も同様に貧しかったのである。

あるコミュニティでは、ある支援者が孤児たちの養育費や制服を供給しているが、その他の生徒達は新しい洋服を買うお金はない。結果として、怒りを買った孤児たちは仲間はずれにされたり、コミュニティ内の緊張関係を形成してしまう。同様のことが大家族内でも起こり、孤児が叔父の世話を受けていることで、叔父の実の子どもたちが十分な世話を受けることができなくなることがある。

調査によると、「実際に支援策を講じる際には、孤児とその他の困窮する子どもたちを分けることが、特別な意味を持つことはない。実際、両者を分けることでより大きなリスクを伴うことがある」という。調査員が述べたところでは、ドナーが直面している課題のひとつとして、多くのプログラムが特に孤児の利益に特化している、つまり、「孤児」という資格条件を設けることがリスクにつながっているのである。

土地と食料

農村部では、政府・宗教団体やコミュニティ団体が地域の伝統的指導者とともに、主たる稼ぎ手を失った家族が土地を維持していくための支援をしたり、家族がこれ以上生計を立てていくことが不可能な場合には、地元の資源を生かして持続的な養育プログラムを作っている。ザンビア東部の農村では、当初はエイズ家庭保健プログラムとして設立されたカンヤンガ孤児プロジェクト(KOP:Kanyanga Orphan Project)が、主たる稼ぎ手を失った家族の耕作技術や食事改善が切迫した課題であることを認識し、取り組むようになった。

この地域での伝統的な遺産継承の慣習によると、女性あるいは未成年が世帯主であっても、家族が土地を継承し留まることが認められるため、プロジェクトは、当初、種や肥料、農具などを供給していた。家族が食料生産を増加させるのに必要な能力を持っていないことが明らかになったので、プロジェクトは訓練を受けた農業技術者を雇い、農業技術や生産力の向上に努めた。もともとは養育プログラムであったKOPだったが、KOPの農場支援プロジェクトによって子どもたちの教育費を賄い、コミュニティの金銭的負担を減らすことになったことから、世帯収入の重要な源にもなり始めたのである。

しかしながら、ザンビアのその他の地域において、養育プロジェクトがこれほどうまく進んでいるわけではない。キツウェ(Kitwe)ではCINDI (CINDI: the local Children in Distress committee)が稼ぎ手を失った家族の収入や栄養摂取向上のために、共同で「孤児の果樹園」を設立した。しかし、結局これらの果樹園は、個人所有の農園ほど農作物を生産することができず、食糧援助やその他の貧困削減プログラムへの依存を減らすことはできなかった。UNICEFやその他の研究者によると、このコミュニティが専門スタッフを雇うことができないことと、援助が農園の低生産性を補ってくれるという認識とが相まって、このような結果に陥ったのではないかと推測している。

カニャンガ(Kanyanga)やキツウェにおける養育プログラムの経験は、孤児やその他の困窮する子どもたちのニーズに対する地域ベースでの対応の長所と短所を如実に示している。両者のケースにおいて、コミュニティはニーズを見つけ出し、その解決のために地域のスキルや利用可能な資源を活用することによってすばやく行動を開始した。しかし、二つのコミュニティの結果の違いは、外部のスキルや資金・技術支援へのアクセスがより必要であることと、ある地域の成功例をより大規模に共有することが困難になっていることを示している。

孤児と教育

ザンビア政府と地域団体は、孤児やその他の困窮する子どもたちの教育ニーズを満たそうとして、同じような課題に直面している。1999年の調査は、コミュニティや両親、子どもたち自身が教育は不可欠なものであると認識しているにも拘わらず、「おそらく、政府や援助ドナー、その他の開発団体がザンビアの子どもたちを最も救うことができなかった点は教育の分野である。」と指摘している。ザンビア政府は資金不足から、無償教育を提供することができない。政府は教師の給料は支給するが、実質的な運営資金は地域の学校管理団体が入学費を請求したり、制服の条件を課すなどして賄わなくてはならない。結果として、孤児になったり世帯収入がなくなった場合、すぐに教育を受けることができない、という状況に陥ってしまう。

貧しい家族の子どもたちがもっとも危機にさらされている。「私達の記録によると学校をやめてしまう孤児の多くが貧しい家庭出身なのです。」とイソカ・カトンゴ(Isoka Katongo)の校長先生は語る。

子どもたちを学校に留めておくための手立てとして、コミュニティは三つの対応策を導き出した。まず一つ目が、地域の学校管理団体にロビー運動を行うことによって、最も困窮している子どもたちの学費を免除してもらうことである。このような試みはしばしば成功するが、当たり前のことながらその学校の資金的基盤を弱めることになる。例えば、キツウェのチムウェムウェ(Chimwemwe)学校では、全校生徒1500人のうち、400人が学費を免除されているが、これによって運用資金は約3分の1に縮小している。

二つ目のコミュニティによる対応は、孤児の学費を寄付することである。奨学金は学校の支払能力を維持するには有利であるが、通常、地域の管理団体は寄付金を得る代わりに所得を創出するようなプロジェクトを作成・運用することを求められる。しかし、ごく稀な例外を除き、コミュニティには管理能力や出資金、広報の機会が欠如し、プロジェクトを上手に管理することができない。多くの場合、コミュニティ主導の所得創出プロジェクトは資金を失い、自発的にプロジェクトに関わったボランティアたちの時間やエネルギーを無駄にすることになる。ザンビア政府、ドナーやNGOはコミュニティの事業収益創出のためのスキルを向上させることが不可欠であるとの点では一致しているが、依然成功への道のりは長い。

三つ目のアプローチはオープンスクールプログラムである。これはボランティアの教師によって、援助により提供された施設と6年分の内容を3年に縮めたカリキュラムを用いることによって、困窮する子どもたちのために無償で教育を提供するプログラムである。当初、このプログラムは孤児やその他の困窮している子どもたちに教育を提供するために画期的な政府とコミュニティのパートナーシップとして立ち上げられたが、これらの学校は公共学校システムの代替としてではなく、補助的なものとして認識されていた。生徒達は7年目には州の教育システムに戻ってくることを予定されていたのである。

このオープンスクールは成功し、その数は飛躍的に増加したが、しばしばその教育の質が問われる。ボランティアスタッフに依存しているために、教師はよく欠席し、他の職が見つかると学校そのものを去ってしまった。教育専門家は、このような一時しのぎの措置も大切であるが、最終的には国家の無償の義務教育システムだけが発展のために必要なスキルを次世代の人々に身につけさせることができるのだと指摘している。

子どもたちを収容するのではなく対応策の制度化を

カオマ・チェシア・ホーム(The Kaoma Cheshire Home)はザンビアでも最も多くの孤児が生活する地域を担当し、エイズ遺児のための施設保護サービスを提供するプログラムを行う数少ない団体である。しかしながら、この団体も状況が整い次第、早急に子どもたちをコミュニティに戻すことを目的としており、それは通常2歳から3歳の間に行われる。

活動家やサービス提供者の間に、孤児や困窮している子どもたちを収容することを制度化することへの一致した懸念があることを踏まえて、国際レベル、国家レベル、地域レベルの支援策を調整する必要がある。UNICEFやUNAIDSの支援の下、ザンビア政府がそうした役割を担うことが、認識されつつある。国家レベルでは、公共福祉省がNGOや地域団体と共に委員会を結成し、最も必要とされているニーズや具体的な技術・物資を特定し、孤児や困窮している子どもたちの複雑なニーズに応えるための政策策定を行っている。

さらに、ザンビアの市民社会団体によって、これまで長期に渡る孤児の危機に対する取り組みや、国内の人々を巻き込んで実施してきた貴重な経験などを活かしたた資源の有効活用への取り組みが現在進行中である。しかしながら、資金・技術・人材といった資源の大幅な増加がない限り、アフリカの孤児の未来は暗い。とルイス特使は言う。

「したがって、多くの子どもたちが、文字通り子どもの腕の中で死んでいく母親を看取るというような絶望的で心を痛める厳しい試練を経験している。」と彼は言う。「彼らは本当にに自暴自棄になってしまう。とても綺麗で大きな瞳を持った、4歳、5歳、6歳といった小さな子どもたちが、この静かに囁かれている会話にあなたをひきこむ。そうするとあなたはこの子どもたちのどうしようもない状況に対して何かできることはないかと考えをめぐらすでしょう。コミュニティは子どもたちが共に過ごすための場所、もし可能であればそこで食事をとることのできるような場所、を用意しようとしている。しかしながらすべてがとても不確実である。コミュニティは死にかけている人達、死んでしまった人達、そして貧困に苦しむ達に囲まれている。「孤児に対して特別に対応する時間がないのだろうが、それでも彼らに対して何らかの対応をしなくてはならない。」

「時々感情的にどうしようもない焦燥感に駆られてしまう。」と彼は締めくくった。

African Recovery, United Nations

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