Homeへ戻る特定非営利活動法人 アフリカ日本協議会:Africa Japan Forum

2005年9月よりアフリカ理解促進事業の一環として「アフリカひろば」を開催しています。これまでに「在日アフリカ人」シリーズ、「アフリカ・ミクロ話」シリーズなどを開催しました。


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アフリカひろばvol.30
アフリカン・ポップスの誘惑

AJFは、アフリカを知る、触れる、考える機会を提供するために、「アフリカひろば」を毎月開催しています。

7月19日に開催したアフリカひろばVol.30「アフリカポップスの魅惑〜アフリカンポップスで踊ろう〜」の報告です。

参加者31名、スタッフ11名、合計42名となりました。 伝統音楽とは異なった魅力を持つアフリカン・ポップス。講師3名をお招きし、お話を伺いました。それぞれの方の多彩な背景と異なった視点で語られるポップスの魅力。講師のご紹介を交えながらお伝えします。




一人目は八木繁美さん。多摩アフリカセンター所長で1979年よりケニアのICIPE(国際昆虫生理生態学センター)で昆虫の研究に関わる一方、アフリカン・ポップスの魅力に取りつかれる。

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80年代初めに八木さんがとりこになったのがキューバン・ルンバが基となったリンガラ・ポップス。コンゴ(ザイール)の主にリンガラ語やフランス語、時にはスワヒリ語で歌われるポップスで、ゆっくりとした甘いコーラスで始まり三段階に加速するリズム、そして鈴コロギターと呼ばれるアルペジョ風のギターとダンスパートの繰り返しが特徴的。コーラスのハモリがとても綺麗でリンガラ・ポップスの大御所であるフランコの弟子のバンド(オルケストル・ヴェヴェ)が映像と音楽を交えて紹介されました。

次にアフリカン・ポップスのクラシックな名曲3曲の紹介。歌詞の面白さでは、スワヒリ・ポップスで有名な「マライカ」は"お金がないから結婚できない"という内容や、コンゴ・ミュージックの父といわれるグラン・カレことジョセフ・カバセルが作った「アフリカから世界へ」ではのびのびとした歌詞が印象的。また、ナイジェリア・ハイライフと呼ばれる「スイート・マザー」は、ピジン・イングリッシュと呼ばれる後半3行のイタリックの歌詞が、"ワイフやハズバンドは取り替えられるけど、お母さんは変えられないだろ!"とオチが付いています。

そして、アフリカ各地の代表的なポップスを次々と映像で紹介。四つの星(リンガラ・バンド)のニュー・アレンジでの「アフリカから世界へ」。踊りとトーキングドラムが迫力あるセネガルのユッスー・ンドゥール、イラク戦争開戦時に抗議のためアメリカ公演を取り止めたほどメッセージ性の強い歌を歌うことで有名です。アフリカのバルザックと呼ばれるフランコと全能OKジャズの華麗なライヴ。コーラスとバンドをバックに、ひょうたんで作った弦楽器コラを演奏するギニアのモリ・カンテ。南アでは、マハラティーニ&マホテラ・クイーンズの激しい歌とダンス。女優としても有名なミリアム・マケバが歌う心臓の拍動を模したクリック・ソング、「パタ・パタ」。ジンバブエのトーマス・マプフーモの東京でのライヴ。これら多彩なアフリカン・ポップスに加え、歴史的に東アフリカと文化的に繋がりがあるインドネシアのポップス、ダンドゥットの魅惑的な歌姫エルフィ・スカエシの映像まで紹介されました。

最後に、アフリカの奴隷貿易の歴史が現在のポピュラー音楽シーンに関係していることに話が広がりました。アメリカ大陸とその周辺に奴隷として運ばれたアフリカの人々の文化が現地の先住民や当時の宗主国のそれらと交じり合って、さまざまな音楽が生まれ、発展、変化し、世界のポピュラー音楽、特にいわゆるラテン・アメリカのポピュラー音楽に大きな影響を与えていること。ブラジルのサンバからカリブ海の島々までのさまざまなポップス、それに間接的にはジャズ、ブルース、サルサなどまで。なお、これら関連の解説付き10曲は効果的にダンス・タイムで流されました。

ポップスは日々フューズし、さまざまな異種の音楽を取り入れ、変化・発展しており、現在アフリカ地域で最も影響を与えているポップスはヒップ・ホップ、特にラップではないかと思います。最新の電気楽器の使用とともに、時には同時に伝統的な楽器も効果的に使われています。 そして、共通していえることは歌詞が分からなくても楽しめるが、分かればもっと楽しめるということです。そのメッセージを込めたバトンが次の伊藤さんへと渡されました。

二人目は伊藤裕子さん。フリーライターでアフリカン・ポップスの翻訳家でもある彼女はケニアの日本アフリカ文化交流会協会でスワヒリ語を学び、ナイロビで活躍するウガンダのドラマーやルワンダのラスタマン達との交流を通じてその魅力にはまってゆきました。

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そのきっかけとなったのがアフリカンドラム。ウガンダ出身のミュージシャン、カスレ・モペペはスネークスキン(蛇の皮)をつかったドラムで演奏を行っていました。ナイロビのガーデンスクエアで、人気絶頂のバンド、ビルンガと共演するカスレを見ていた伊藤さんは、西洋式のドラム・セットがあっても、前へ出て、観客をリードするのは、アフリカンドラムであることを実感したそうです。ビートの調子があがってくると、観客はなけなしの金をカスレの胸ポケットに突っ込み、それに応えて加速するビートに踊り狂っていたそうです。

また、翻訳作業を通じて歌詞の魅力にはまったのが、コンゴ出身のムビリア・ベルが歌う「ナディナ」。翻訳というのはテープを聞き、書き取る発掘作業であり、素材がそろいどう料理しようか、その時が一番楽しい時間だそうです。しかし、この歌詞には深い意味がありその歌に潜り込まなければ真の意味がわからない、歌詞は直訳だと死んでしまう。伊藤さんを本気にさせた曲だそうです。もともと、ムビリア・ベルはフランコのライバル、タブー・レイが発掘した、リンガラポップス界の初の女性スターでした。ダンサーだった彼女に曲を提供した途端人気に火がついたのです。

同じように歌詞の意味に感銘を受けたのが、タンザニアのレミー・オンガラが歌う「サウティ・ヤ・ムニョンゲ(涙の音)」。涙の音を聴きとるぐらい繊細な耳と心があることに驚きを覚えた伊藤さん。そのスピリチャルな声とパワーに圧倒されましたが、ただのセンチメンタルだけの印象を与えないためにも、全体の意味を考えて『転落の予感』と翻訳したそうです。また、伝統楽器に新しい生命を吹き込むミュージシャンにも注目します。たとえば、ケニアのアユブ・オガダがニャティティ(小型の8弦の竪琴)を弾きながらルオ語で歌う「コスビロ(雨になるよ)」。"雨になる、雨になるよ。さあ、牛たちをしまわなきゃ。ぼくらの財産をしまわなきゃ"と直訳すればシンプルな内容ですが、その背後には、降りかかる災難から自分たちの文化や知的財産を守ろう、という想いが込められています。

瞑想的で共通点があるのがウガンダのサミテ。カリンバ(親指ピアノ)と横笛の名手である彼が歌う「エンバラサーサ(美しくも恐ろしいとかげ)」という曲は、エイズに関する歌ですが、ダイレクトではなく子ども時代の経験を歌にしています。どこからともなく現れ、村を覆ってしまった、赤や青や紫のまだら模様の、美しいけれども猛毒を持つとかげを祖父が杖で打ち殺す、という内容ですが、その裏には死に至る病であるエイズの物語が込められています。この世で最も美しく、生き生きとした自然な行為であるセックスで感染してしまう物悲しさ。その理不尽さと戦う祖父の杖を、現代に呼び戻そうとしている歌です。彼もまた、部族語であるガンダ語で歌い、CDの解説では英語でメッセージを送っているのが特徴的です。

アフリカだけでなく世界全般で共通していること。それは、ローカルだけどモダン、ということ。多様な人達との交わりを大切に自然体の音楽を紡いでゆくことです。グローバルスタンダードに飲み込まれるのではなく、自分のルーツを見つめ直し、異文化を持つ他者とわかり合いたいという願い、これはアフリカン・ポップスに限らず全ての人が抱える、9・11後の世界観につながるのではないか、と伊藤さんはお話を締めくくりました。

最後は、若狭基道さん。明星大学、跡見学園女子大学非常勤講師。専門はアフロアジア諸語の言語学ですが、発表してきた成果のほとんどはエチオピアのウォライタ語に関するもの。今回ご紹介いただいた音楽もウォライタ語を用いたポップスでした。伊藤さんとは異なった視点で語られる歌詞の捉え方を報告します。

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まずはMerkineの「geela'oxanattaa(若い生娘の乳房)」。歌詞は「どこそこの娘、だれそれの娘、どこそこの娘、だれそれの娘、、、」と意味がないようにつづきますが、実は言語学的に分析見てみると、頭韻(アーリタレイション)であることがわかります。歌詞を見てみると「yaciima na'iyaa yambulla xeeriyaa」「bolosso na'iyaa boliima qariyaa」と「y」「b」などの同じ頭韻を踏む仕掛けがかくされていることがわかります。これはウォライタ語がウォライタ語で存在しているだけで価値があり、見つめ直し、聴きほれる作用があるといことです。つまり、翻訳してしまうとまったく意味がなくなってしまうということです。言葉が何の役にたつのかといったことや、日常のコミュニケーション手段といった一面的な見方だけではなく、言語があるだけで音の響きそのものや詩的機能・美的機能があるということ、ポエティックでそれ自身に価値があること。それ自身を楽しむことを忘れないでほしいのです。

次に、Merkineの「yaagoo yaagoo」。これも同じように韻を踏む楽しみがわかります。特に、脚韻の「ai」や命令文の「a」で終わっていることが多く、リズムの面白さがあります。歌詞を見てみると、一番目の歌詞は有名ななぞなぞで深い意味はなく、2番目の歌詞も「小さな石を割ってふやす」3番目「醜かったやつの鼻が折れた(もっと醜くなった)」と意味自体は似たような言い回しがならんでいるだけです。それよりも韻を踏んだ面白さがあり、音は言葉に出したほうが面白いということにもなります。

そして、fishaleの「Hoolle Hollee」。エチオピアの飲み屋で夜な夜な流れている音楽です。お国自慢のような内容の歌詞ですが。実はエチオピア人は「ウォライタ」をあまり知らないのです。仮に三百万の人口とし、エチオピアの総人口7,720万人の何パーセントになるのか、というと数パーセントにしかならないそうです。つまり、それだけマイノリティであることを示しているということです。日本や外国はエチオピアの中心部に焦点を置きすぎている。首都だけでなく地方との多様性も大切です。ウォライタポップスが聴き続けられることはとても意味のあることで、ウォライタ語を使わなければ成り立たない音楽です。最後に、誰が聞いても楽しく自然に体が動き出す、それがウォライタポップスの大きな魅力のひとつであることでお話を締めくくりました。

【質疑応答】 参加者:ジンバブエの音楽に興味がありますが、ルオもスワヒリなどもリンガラ音楽が影響を与えていて、当初はリンガラの真似だと思っていました。しかし、よく聞いてみると実際は異なることがわかり、それぞれの地域性が出てくるのはどうしてでしょうか?伝統音楽が染みついている、言語という共通点がある、それが地域性を生み出していると思いますが・・・

八木さん:リンガラの影響はあると思いますが、独自性ももちろんあり、それぞれの地域で、独自の文化が息づいて豊かに存在しています。また、同じ曲でもアレンジでリズムや雰囲気がまったく変わり、それが面白いところだと思います(例:ケニアのルオ・ポップスの特徴と独自性。ボリビアのフォルクローレのダンサブルなアレンジ「ランバダ」の大ヒット)。

伊藤さん:言葉としての言語に加えて身体言語があります。腰を振る民族やマサイのような縦ノリの踊りもあります。英語を歌う日本人でもどこか日本的だよね。その地域に溶け込む面白さがあると思います。

若狭:言葉があるからといって音楽が生まれるという理屈にはならないと思います。言葉がなくても楽器さえあれば音楽は生まれます。地域性は偶然によるものであり、ただ距離が近いなどつながりはあり、言葉だけで決まるものではないとも思います。

☆最後は1時間のダンシングタイム!に突入しました。アフリカのクラブさながらの大賑わいをみせ、ダンスしたりミュージックトークをしたりコミュニケーションをとったり、アフリカン・ポップスの素晴らしさを肌で感じたひとときでした。

【アンケート紹介】 ◆DVDやカセットによる具体的な曲の紹介がわかりやすかった。若狭さんの"言語芸術"や伊藤さんの歌詞に込められた文化的側面。どちらも、とても興味深く拝聴しました。個人的にはアユブ・オガタとサミテに興味を持ちました。是非CDを探してみたいと思います。(40代女性)

◆3人のパネラーの方のそれぞれのアフリカン・ポップスの感じ方や、表現方法の違いが面白かった。(50代男性)

◆アフリカの奴隷貿易で広がったアフリカの人々の音楽文化が、いかに広く中南米ポピュラー音楽に影響を与えているかが理解できた。(60代及び70代男性)

【参考文献】 ※今回の講師を含む8人のアフリカ仲間による『アフリカン・ポップスの誘惑』(多摩アフリカセンター編・春風社)が発売中です。ポップスの歌詞から見える 現代アフリカの生活。野生の王国では語られない、素顔のアフリカ、本当のアフリカを知りたい方は、ぜひご一読を!詳しくは、下記のHPをどうぞ。 http://shumpu.com/index.php?itemid=1881

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