>HOME >ProSAVANA・モザンビークについて考えよう


FDIによる貧困削減効果の再検討
―多国籍企業による農地獲得をともなうFDIがアフリカの貧困削減に寄与しない理由とは―


 国際会議の場で、環境エネルギー問題や食料問題がさかんに取り上げられるようになった2000年代初頭より、外国企業がアフリカの農地を取得する動きが目立つようになった。彼らの目的は、自国のエネルギー、食料の確保であるが、その動きを支援する開発支援機関や、受入国の政府は、大義名分として「貧困削減」という言葉を使う。その論拠となっているのが、海外直接投資(FDI)による貧困削減効果である。

 しかし実際には、FDIが貧困削減に寄与したとされる事例はマレーシアや韓国、中国など東アジアのごく一部でしか観察されていない。むしろ、その他の地域においては外国企業の進出によって現地の人々の生活水準が悪化しているといった事例が報告されており、アフリカ諸国もそうした地域のひとつである。

 そこで、ここでは外国企業による農地獲得をともなうFDIがなぜアフリカの貧困削減に寄与しないのか、その理由を、以下2つの観点から論じたい。

  1. 「FDIが貧困削減に寄与する」という理論の真偽
  2. 大規模農地獲得をともなうFDIがはらむリスク(モザンビークの事例から)

0.「貧困」の定義

ここでいう貧困とは、経済的能力の剥奪、すなわち生活に必要な所得を得ることができない状態とし、「貧困削減」とは、人々が必要な所得を得ることができ、消費することができ、資産を持つことができる能力を取り戻した状態であると定義する。

1.「FDIが貧困削減に寄与する」という理論の真偽

FDIが貧困削減につながるとされる要素として挙げられるのは、主に下記の5つである。

  • 雇用創出
  • 技術移転
  • 経済成長
  • 賃金上昇
  • 社会インフラ整備

 上記の要素は、「スピルオーバー効果」「トリクルダウン効果」という2つの理論によって説明されている。

【スピルオーバー効果】
企業が現地で活動することにより投資国へもたらされた技術移転が、国家全体の生産性を上昇させ、そのことが個々の所得上昇につながること

【トリクルダウン効果】
企業が進出することで生まれた雇用や賃金の上昇などによって一部の所得者層の所得が向上することで、すべての所得者層の所得が上昇すること

 このように投資を受けた国全体の経済力があがれば、社会インフラへの投資がおこなわれ、人々の生活水準が向上し、貧困削減につながるというシナリオである。

 しかしながら、FDIによる貧困削減効果に懐疑的な見方をする研究者も少なくない。FDIが正の効果を発揮させるには、一定の条件が必要だという議論もある。その点については、下記で表にまとめている。



【実際のFDIがもたらす帰結をまとめた表】※筆者作成
  FDI 農地獲得をともなうFDI
技術移転効果 △ 多国籍企業の内部で完結しており、知的財産権保護により、現地の他企業への技術波及はほとんどおこらない。技術移転には人的資本の質などが影響するといわれている。 × 開発された技術が現地に適用できないことや、導入される技術のほとんどが先進国からの「輸入」であり、知的財産として保護されている。また、一部の換金作物のみに適用できる技術である場合が多い。
雇用創出効果 △ アジアの一部の地域ではトリクルダウン効果が観察されているが、失業者を吸収するのに十分な雇用が生み出されている場合はまれである。 △ 農業が大規模・機械化される資本集約的になるため、ほとんど雇用は創出されない。また季節労働者が多いため雇用が不安定。
経済成長 ◯ 総生産量が増加するため、GDPは上昇するが、その利益は本国に送還されるためGNPでは変化がほとんど見られない場合が多い。 ◯ 農業総生産が上昇することによって農業GDPは上昇するが、ほとんどは換金作物であるため、投資を受けた国の食料自給率、食料安全保障の改善には寄与していない場合が多い。
賃金上昇効果 △ 未熟練労働ではほとんど賃金の上昇は見られず、熟練労働者との間の賃金格差の拡大が指摘されている。 × 単純労働であるため、低賃金であり、生産性向上にも限界があることや、国際価格に大きく影響を受けることから、賃金上昇はほとんどおこらない。
社会インフラ整備効果 △ 企業によっては労働者への社会保障を整備している。しかし労働者の力は相対的に弱く、手厚い待遇がなされることは少ない。また、工場周辺のインフラが整備されることによって、それによる正の外部性と同時に、公害などの負の外部性ももたらされる。 × 農地の明け渡しと同時に約束される学校建設などのインフラ整備はほとんど達成されない。逆に大規模灌漑設備によって水利権が脅かされる可能性がある。また、企業はもともと市場へのアクセスが容易な場所を選択するため交通網の整備などの効果はほとんど期待できない。


≪大規模農地獲得をともなうFDIがはらむリスク≫

 上記で述べたように、FDIが貧困削減をもたらした事例は非常に少なく、むしろ貧困を悪化させている事例もいくつか報告されている。その理由として、投資対象となる財の持つ外部性を指摘する研究者もいる。外部性とは、経済主体の意思決定が、他の経済主体への影響を及ぼす性質である。実際に、南米では水道事業に外国の民間企業がFDIを実施した結果、コスト削減のために雇用が削減されたり、料金が値上げされたりすることによる貧困層住民の水へのアクセスが脅かされた事例がいくつか報告されている。したがって、大規模農地獲得をともなうアフリカへのFDIも、外部性を持つ「農地」を対象としているため住民の生活水準の悪化をもたらす可能性が高いといえる。農地は、市場で取引される農産物の生産以外に、国家全体の食料安全保障、環境保全など、市場で取引できない価値を持ち合わせているからである。

2.モザンビークにおける多国籍企業によるバイオ燃料作物生産

 モザンビークでは、2005年頃から外国企業によるバイオ燃料作物栽培のための農地獲得がさかんにおこなわれるようになっている。バイオ燃料作物とは、主に非食用作物であり、栽培された作物の多くは先進国のエネルギーとして利用されるための換金作物である。1と2で論じたことが、モザンビークにおいても起こっている、あるいは起こり得るという事例を下記で簡単に紹介する。

≪所得向上をもたらさなかった事例≫

 実際にモザンビークに進出した外国企業のうち、カナダのEnergem Renewable Energy社や、ウクライナのESV Bio Africa社などを見ると、当初若干の雇用創出があったものの、経営悪化により従業員の半数が解雇されたり、数か月分の給与支払の停滞が発生したりしており、ESV Bio Africa社は2009年に事業撤退している。

≪食料安全保障に対する懸念≫

 モザンビークでは、肥沃な農地が北部に集中しており、南部の人々にとって北部からの食料提供が不可欠である。2009年の時点でモザンビークの食料需要に対する供給不足量は、南部地域で567,000トン、中央部地域で222,000トンであり、余剰があるのはもっとも農業生産性の高い北部地域のみである。FAOによれば、モザンビークの2014年の飢餓人口は全体の26%の約713万人であり、2008年の830万人から減少はしているものの、いまだに世界の総飢餓人口の1%を占める高水準である。バイオ燃料作物生産が食料安全保障を脅かしていると断言できる数値データはないが、その潜在性は高く、モザンビーク政府も危惧している。

3.まとめ

下記2点をもって、大規模農地獲得をともなうFDIは、貧困削減に寄与するものではなく、むしろ悪化させる恐れのあるものであると結論づける。

  1. FDIが受入国に対してもたらすとされる正の効果は、実際に観察されている国が限定的である。
  2. 「農地」という外部性を持つ財を対象としたFDIにおいては、市場で取引されない価値である「食料安全保障」などを脅かし、受入国民の生活水準を悪化させるリスクをはらんでいる。

参考文献

Borenzstein, Edurado, Jose, De Gregorio, and Jong-Wha Lee.1998. "How does Foreingn Direct Investment Affect Economic Growth?" Journal of International Economics. 45: 115-135.

Carmel Cahill. "THE MULTIFUNCTIONALITY OF AGRICULTURE: WHAT DOES IT MEAN?" EuroChoices, Volume 1, Issue 1, pp.36?41, April 2001. Wiley-Blackwell.

Choi, Changkyu. 2006. "Does foreign direct investment affect domestic income inequality?" Economics Letters, 2006, 13, 811-814.

Christiansen, Luc, Demery, Lionel and Paternostro, Stefano. 2003. "Macro and Micro Perspective of Growth and Poverty in Africa." The World Bank Economic Review, Vol. 17,No.3, pp. 317-347.

Cotula, Lorenzo, Vermeulen, Sonja, Leonard, Rebeca and Keeley, James. 2009. Land Grab or Development Opportunity? Agricultural investment and international land deals in Africa. FAO, IIED and IFAD. http://www.ifad.org/pub/land/land_grab.pdf

Elibariki, Msuya. 2007. The Impact of Foreign Direct Investment on Agricultural Productivity and Poverty Reduction in Tanzania. Kyoto University, Japan. http://mpra.ub.uni-muenchen.de/3671/

Ikara, Moses, M. 2003. "Foreign Direct Investment (FDI) , Technology Transfer, and Poverty Alleviation: Africa’s Hopes and Dilemma." ATPS Special Paper Series No. 16; ATPS Communication Department, Nirobi, Kenya.

IMF, 2011. "Republic of Mozambique: Poverty Reduction Strategy Paper". IMF Country Report No. 11/132 http://www.imf.org/external/pubs/ft/scr/2011/cr11132.pdf

Klein, Michael, Aaron, Carl, Hajimichael, Bita. 2001. "Foreign Direct Investment and Poverty Reduction." Policy Research Working Paper 2613. The World Bank, Private Sector Advisory Service Department.

Ngailo, J A. 2011. Assessing the effect of eviction on household food security of livestock keepers from the Usangu wetlands in SW Tanzania. Uyole Agricultural Research Centre. http://www.lrrd.org/lrrd23/3/ngai23065.htm

Nhantumbo, Isilda and Salomao, Alda. 2010. Biofuels, land access and rural livelihood in Mozambique. IIED. http://pubs.iied.org/pdfs/12563IIED.pdf

Pauw, Karl and Thurlow, James. 2011. THE ROLE OF AGRICULTURAL GROWTH IN REDUCING POVERTY AND HUNGER: THE CASE OF TANZANIA. IFPRI, USA.

Prosper B. Matondi, Kjell Havnevik and Atakilte Beyen. 2011. Biofuels, Land Grabbing and Food Security in Africa. London: Zed Books.

Ribeiro, Daniel and Matavel, Nilza. 2009. Jatropha! A socio-economic pitfall for Mozambique. Justica Ambiential & Uniao Nacional de Camponeses. http://www.swissaid.ch/global/PDF/entwicklungspolitik/agrotreibstoffe/Report_Jatropha_JA_and_UNAC.pdf

Robertson, Beth and Pinstrup-Andersen, Per. 2010. "Global land acquisition: neo-colonialism or development opportunity?" Food Security, 2, 271-283.

Thirtle, Colin, Lin, Lin and Piesse, Jenifer. 2003. "The Impact of Research-Led Agricultural Productivity Growth on Poverty Reduction in Africa, Asia and Latin America." World Development Vol.31, No.12, pp.1959-1975, Elsevier, UK.

Tambulan Tulus. 2004. The impact of foreign direct investment on poverty reduction: a survey of literature and a temporary finding from Indonesia. Faculty of Economics, University of Trisakti, Indonesia. http://www.trisakti.ac.jp/

Waterhouse, Rachel, Lauriciano, Gil, and Norfolk, Simon. 2010. Social analysis of selected projects-Issue Note & Case Studies: Large-Scale Land Acquisition for Agricultural Production Mozambique. http://www.open.ac.uk/technology/mozambique/pics/d128185.pdf

Damian Carrington and Steohano Valentino. "Biofuels boom in Africa as British firms lead rush on land for plantations." The Guardian.co.uk. 2011. The Guardian. 31 May. 2011. http://www.guardian.co.uk/environment/2011/may/31/biofuel-plantations-africa-british-firms

Welz, Adam. "Ethanol's African Land Grab: Mozambique has survived colonialism and civil war. But can it survive ethanol?". MotherJones.com. 2009. MotherJones. http://motherjones.com/environment/2009/03/ethanols-african-landgrab

FAOSTAT   http://faostat.fao.org/default.aspx

World Bank   http://data.worldbank.org/


この論考は、2011年度上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科国際関係論専攻博士前期課程学位論文『 農業FDIによる貧困削減効果の再検討−モザンビークにおけるバイオ燃料作物生産の事例から−』を基に、原著者が作成したものです。

2016/03/12
FDIによる貧困削減効果の再検討
飯田 めぐみ