DNDi:顧みられない病気のための新薬イニシアティブ

平林 史子さんに聞く アフリカそして日本

The activities on Drugs for Neglected Diseases initiative

『アフリカNOW』87号(2010年2月28日発行)掲載

話し:平林史子
ひらばやし ふみこ:DNDi(顧みられない病気のための新薬イニシアティブ)Japan代表。大学卒業後、外資系製薬企業で8年間勤務後、香港で多国籍投資信託会社のマーケティング・コーディネーター、タイの病院において薬剤師として働く。2000年に国境なき医師団日本に参加。「必須医薬品キャンペーン」を担当した後、ウガンダのHIV / AIDSプロジェクトにフィールド薬剤師として派遣。2004年より現職 。

聞き手:斉藤龍一郎
2010年1月19日、DNDi Japan事務所にて


DNDi設立の経緯と特徴

– 平林さんはかつて、国境なき医師団(MSF)で「必須医薬品キャンペーン」を担当をされていましたね。DNDi(Drugs for Neglected Diseases initiative:顧みられない病気のための新薬イニシアティブ)(1)は、このキャンペーンから始まったのでしょうか。

平林 途上国で医療活動に携わっているスタッフが、アフリカ睡眠病や内蔵リーシュマニア症に効く薬はないのか、今ある薬は毒性が強すぎる、もっと安心して使える薬はないのか、と声をあげたことが、MSFのDNDiへの関与につながりました。共同設立者になったMSF、フランスのパスツール研究所、マレーシア保健省、インド医学研究評議会、ケニア中央医学研究所(KEMRI)、ブラジルのオズワルド・クルーズ財団は、それぞれの課題と目的にしたがってDNDi設立に参加しました。国連熱帯病研究訓練特別計画(TDR)も、1999年にDND (Drugs for Neglected Diseases)ワーキンググループが始まった時から常任オブザーバーとして参加しています(2)。さらには多くの研究機関、製薬企業、NGO、専門家が共同研究者として新薬開発のための調査・研究に参加しています。

– DNDiはどのような組織体制をとっていますか。

平林 1999年にMSFがノーベル平和賞を受賞したその日に、DNDワーキンググループが最初の会合を開きました。ノーベル平和賞の賞金で、ワーキンググループでの検討が進められ、ワーキンググループに参加していた機関が共同設立者となって、2003年にDNDiが設立されました。
ワーキンググループは、共同設立者となった各機関についてアドボカシーや創薬開発など、R&D(Research and Development:研究と開発)に関わる専門性、熱帯病への関わりなど様々な要素を検討し、その結果に基づいてDNDi設立への参加を求めました。また、組織として医薬品を必要とする患者の身近にあるかどうか、その社会的使命なども重要な検討項目としました 。
DNDiは、共同設立者が選出する理事を含む理事会(定員13人、4年任期)、専門家諮問委員会(現在16名)のもとに事務局が活動しています。本部はスイスのジュネーブにあり、共同設立機関があるケニア、インド、ブラジル、マレーシアと米国に地域サポート・オフィスを、そして日本とコンゴ民主共和国にプロジェクト・サポート・オフィスを置いて活動しています。DNDiの事業のために働いているスタッフの75%は、共同研究機関に所属。また、38%がアフリカで活動しています。
1975~2004年の30年間に世界中で1,556種類の新薬が販売されましたが、マラリア治療薬も含め顧みられない病気のための新薬は18、患者の多くが途上国で暮らす結核の新薬は3種類にすぎません。病気による世界全体の経済的損失の中で、マラリアを含む熱帯病および結核による損失が12%を占めるにもかかわらず、新薬開発は1.3%にとどまっているのです。
DNDiは、イニシアティブの対象としている病気を解明し新薬を開発するために、どこにどんな形で利用可能な資源(研究実績や医薬品になるかもしれない化合物)があるのかをチェックして共同研究を働きかけ、研究・開発の進捗状況を把握し、必要な資金を確保するという仕事をしています。ベンチャー企業の技術を評価し、他の企業や公的機関とつなげたり、投資家から資金を集めて投じたりするベンチャーキャピタルとよく似た形態の活動をしています。もっともDNDiは、DNDiやDNDiを通して資金を提供した機関や個人が利益を受けるのではなく、顧みられない病気に苦しむ人々、特に途上国の貧しい人々が利益を受けるという点で大きな違いがありますが。
2008年にDNDiが得た資金の49%はEU諸国政府を始めとする公的機関からのもので、共同設立者が拠出した資金が28%、ビル&メリンダ・ゲイツ財団など民間財団や企業の寄付が23%です。支出は78%が研究と開発に使われ、アドボカシーや情報提供に5%、能力強化に6%、事務局経費およびファンドレイジングに11%が支出されました。
DNDiの活動報告や会計報告に数字として出てこない、共同研究者として基礎研究や新薬開発に関わっている人の数や、共同研究が可能な環境を維持・発展させるために使われている費用も、かなりのものになると思います。

– どのような団体・個人や企業が共同研究者になっているのでしょうか。

平林 2009年6月現在の共同研究者は204。前年の同じ月が128でしたから、かなりの勢いで増えています。抗マラリア合剤の開発・実用化という成果があり、2008年7月のG8洞爺湖サミットにあたってWHOとDNDiが共同でプレスリリースを出したことなどが、DNDiへの関心を高めたと受け止めています。2009年6月時点での共同研究者の内訳は、次のようになります。
NGO/PDP (Product Development Partnership)=7%、大学・学界=33%、公的機関・政府=14%、開発業務受託機関(CRO)=26%、バイオテック=7%、製薬企業=13%
2008年から2009年にかけて、グラクソ・スミスクライン(GSK)、メルクといった国際的な製薬企業と途上国の健康問題に対応するための努力を共にするという契約を交わしました。抗マラリア合剤を共同開発したサノフィ・アベンティスとは、昨年、アフリカ睡眠病のための新薬開発に関する協定を結び、臨床試験を開始しました。

アフリカに関わるDNDiの活動

– DNDiの共同設立機関の一つであるKEMRIは、国際協力機構(JICA)との関わりも深く、日本の国際協力関係者にもなじみ深い機関です。DNDiはアフリカに関わるどんな活動をしていますか。

平林 幼児死亡を減らす取り組みの一つとしてアフリカでマラリア対策のための蚊帳配布が行われていることはご存知でしょう。2007年にDNDiが、サノフィ・アベンティスと共同開発した抗マラリア合剤は、サハラ以南のアフリカ24カ国で薬剤耐性マラリアの治療に使われています。WHOの事前承認薬のリストにも収載されました。
スーダン、チャド、中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国、アンゴラ、ウガンダを中心にアフリカ睡眠病の危険にさらされている人の数は6,000万人、毎年5?7万人が発症し、2004年のWHO報告は48,000人の死を伝えています。エチオピア、ケニア、ウガンダ、南部スーダン、モロッコなどを中心に感染が広がるリーシュマニア感染によって、50万人が内蔵リーシュマニア症を、150万人が皮膚リーシュマニア症を発症し、51,000人が亡くなっていると推定されています。こうした数字は推定値なので、正確な数字を把握するための調査の仕組みづくり、医療者がこれらの病気を診断できるようにするための能力向上の取り組みも必要とされています。
アフリカでは、今、二つの地域的なプラットフォームが設けられ、取り組みが進んでいます。一つは、スーダン・エチオピア・ケニア・ウガンダでの内蔵リーシュマニア症や臨床開発の専門家・医療者によるプラットフォームです。臨床研究や疾患対策に関わる各国の保健省や大学が参加し、先進国の研究機関やNGOも協力しています。このプラットフォームは、地域の臨床開発能力を強化し、協力して医薬品開発を進めるための拠点となっています。内臓リーシュマニア症の治療薬の臨床開発を実施しながら、必要な医療施設の改修や医療者の訓練を行っています。
もう一つは、コンゴ民主共和国・コンゴ共和国・アンゴラ・スーダン・ウガンダの政府機関や研究者・医療者と先進国の研究機関やNGOによるアフリカ睡眠病に関する臨床開発能力の強化を目的としたプラットフォームです。コンゴ民主共和国で臨床試験が実施されていて、昨年、既存の治療薬を組み合わせた新しい併用療法がアフリカ睡眠病の第2期の治療薬としてWHOの必須医薬品リストに収載されました。
昨年10月に京都で開かれた「科学技術と?類の未来に関する国際フォーラム(STS Forum)」に、DNDi アフリカ代表のモニク・ワスンナ(Monique Wasunna)博士が招かれて来日。私もワスンナ博士と一緒に外務省を訪ね、顧みられない病気とDNDiについて話をしました。ワスンナ博士は、STS Forumでアフリカの現状を報告しました。DNDi Japan のウェブサイトにワスンナ博士へのインタビューを動画で収録しています。

-アフリカでの取り組みは順調に進んでいますか。

平林 リーシュマニア症に関するプラットフォームを作った4カ国の関係者は、最初、この4カ国で集まって何かをするなんてありえないと思っていた、と言っていました。文化の違い、歴史的背景があって、一緒に会議すること自体がたいへんだったそうです。それでも、共通の目的があって、一緒に作業を重ねていく中で、信頼関係もできてきました。現在、研究者や医療者に対する研修が各国で行われています。
治療を行い、研究を進めるための環境作りも必要です。国際的な基準に従って治験を実施し、適切な治療を行うためには、ある程度の施設が必要です。ケニアでは、数年前に作られたものの、医療施設として活用されずに放置されていたクリニックに必要な資材を運び込むだけでよかったのですが、エチオピアでは、病院のリーシュマニア病棟がテントしかなかったので、やむなく建物を建てました。
また、ケニアのクリニックは、その地域に内蔵リーシュマニア症の患者が多いため臨床試験の拠点として整備したのですが、待っていれば患者さんが来るわけではありません。地域の各集落を訪ね、内蔵リーシュマニア症にかかっているらしい患者さん、多くは子どもたちを見つけて、クリニックまで来てもらって入院させるのです。遊牧民も多いので、治療が終わると、移動して別のところに滞在している家族を探し出し、送り届けなければなりません。この地域のことをよく知っていて、各民族の言語を話せる人を、案内役や仲介役として確保する必要があります。しかし、以前は3時間くらいかけてナイロビの研究拠点へ行ってもらわなければならず、患者さんにとっても大きな負担であったので、疾患の多い地域にクリニックを開設できて、とてもよかったと思います。
苦労はありますが、感染国で臨床開発を実施することで、研究者や医療者の育成が進み、また臨床試験が終わった後も地域の医療・研究拠点となることをめざしています。

子ども向け医薬品の開発

– MSFが子ども向けエイズ治療薬の必要性を訴えていたことが印象に残っています。アフリカでは15歳以下の人口が50%を超えていますので、子ども向け医薬品開発も大きな問題だと思いますが、どんな取り組みが必要でしょうか。

平林 アフリカの国々で処方されているエイズ治療薬は、3種類の薬が一錠になった合剤なので、飲む錠数を減らすことができます。でも、子ども向けの治療薬がないため、子どもに飲ませるために大きな錠剤を割っていくのです。均等に割ることができないので、必要量に足りなかったり、多すぎることになってしまいます。これはマラリアやNTD (Neglected Tropical Diseases:顧みられない熱帯病)にも共通する問題です。DNDiではマラリアの合剤を開発したとき、大人用の製剤の他に小児用製剤を3種類準備しました。成長の度合い、具体的には体重に従って適切な用量の錠剤を服用することができます。現在、シャーガス病の治療薬の小児用製剤の開発も行っています。

DNDiと日本

– 日本にDNDiのプロジェクト・サポート・オフィスがあるのはどうしてでしょうか。

平林 北里研究所や東京大学など、以前から顧みられない病気に関する基礎研究を行ってきた日本の研究機関が共同研究者になり、プロジェクトが立ち上がったからです。その後、日本の民間財団がDNDiの事業に資金を提供するといった動きもありました。日本には、内臓リーシュマニア症やシャーガス病の研究者もいて、DNDiと協力しあっています。
昨年9月にエーザイとDNDiが、ラテンアメリカ諸国で800万人が感染し、毎年14,000人が亡くなっているシャーガス病に対する新薬開発に関する提携およびライセンス契約を締結しました。エーザイが開発したシャーガス病の病原体に効果のある抗真菌薬の臨床開発をDNDiが行い、有効性・安全性を確認して、シャーガス病で苦しむラテンアメリカ諸国で活用しようという契約です。ラテンアメリカ諸国では、この契約提携が多くの新聞の一面を飾りました。
日本でも、DNDiへの理解を広げ、さらに多くの共同研究者と一緒に顧みられない病気に対する取り組みを広げていきたいと願っています。

(1) http://www.dndijapan.org/
(2) 現在の共同設立者は次のとおり(DNDiの年次報告書2008-2009年版の掲載記事をもとに一部編集)。

インド医学研究評議会
1911年創設。1949年にインド医学研究評議会(ICMR)として再編成される。インド政府が出資し、剤形開発やプロジェクトのコーディネーション、生物医学研究の促進に焦点を当て研究を実施。21の常設研究機関によるネットワークを駆使し、結核、ハンセン病、内臓リーシュマニア症に関する研究を行っている。

パスツール研究所
1887年にフランスで創設される。民間非営利財団として疾病の予防と治療に貢献。主に黄熱病、肺炎、ポリオ、肝炎、HIV/AIDSなどを対象とする。8名のノーベル賞受賞者を世に送り出し、血清、BCG、スルファミド、抗ヒスタミン剤、分子生物学と、遺伝子工学における医学研究の最前線に位置する。

ケニア中央医学研究所(KEMRI)
1979年に創設。保健科学分野の研究を行い、研究成果を国際社会と共有する。アフリカにおける最先端の保健研究機関として、地域の研究能力に貢献。感染症、寄生虫性疾患、公衆衛生、バイオテクノロジーを中心に研究を行う。

国境なき医師団(MSF)
独立の民間医療支援団体であり、1971年から世界中の緊急医療支援を使命として活動する。19カ国に事務所を置き、80カ国以上で活動し、1999年から「必須医薬品キャンペーン」を展開。これまで幾つもの国際的な賞を受賞し、1999年にノーベル平和賞を受賞。ノーベル平和賞の賞金を、必須医薬品の問題解決のための長期的・継続的な対策に使うことを決定し、2003年のDNDi誕生に至る。

マレーシア保健省
マレーシア保健省の医学研究所(IMR)は1900年に創設され、感染性熱帯病の治療と予防、病因についての研究を行っている。当初はマラリア、脚気、コレラ、赤痢に重点的に取り組んでいたが、現在では8つのセンターを擁し、研究、診断サービス、研修、コンサルタント・サービスなど幅広い分野で活動している。

オズワルド・クルーズ財団
1900年に創設されたラテンアメリカにおける最大の生物医学研究所。ブラジル保健省の一部として、ワクチンと医薬品開発のための専門センターを開設することにより、顧みられない病気のための保健ツールの研究開発を促進している。Biomanguinhos研究所とFarmanguinhos研究所は、ブラジルでも最大級の医薬品研究所であり、顧みられない病気の分野においてエイズ治療薬を含む医薬品を多数創出している。最近は抗マラリア薬のASMQの開発に参加。

国連児童基金(UNICEF)、国連開発計画(UNDP)、世界銀行(WB)、世界保健機関(WHO)の協賛により、科学的協力のための独立グローバル・プログラムとして1975年に設立される。社会的・経済的に恵まれない人々を苦しめる主要な疾病ポートフォリオを実施するため、国際的な取組みを調整、支援し、影響力を及ぼすことを目的とする。DNDi の理事会の常任オブザーバーとして監視役を務める。

 顧みられない病気に対する取り組み
DNDiの調査・研究によって生み出された新しい薬と治療法 平林史子
神戸国際大学ブルーリ潰瘍問題支援プロジェクトの取り組み 新山智基


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