TICAD 閣僚会合を揺るがした、サハラ・アラブ民主共和国の参加とモロッコによる実力行使

TICAD at the end of cliff – Western Sahara’s delegation was hampered by Moroccan delegation

『アフリカNOW』109号(2017年12月31日発行)掲載

執筆:『アフリカNOW』編集部

RASD がTICAD 閣僚会合に登場

2017年8月25日付で産経ニュースサイトに掲載された共同通信の配信記事(1)は、モザンビークの首都マプートで8月24日に開催されたTICAD Ⅵフォローアップ閣僚会合において、「議長国の日本が招いていない西サハラの関係者が強引に会場に入ろうとし、西サハラと対立するモロッコの出席者と小競り合い」になったと伝えている。また、同日付で朝日新聞ウェブサイトに掲載された記事(2) も「日本などが国家として認めていない西サハラが出席を要求して他国の代表団ともみあいになる混乱」と報道。これらの記事では、サハラ・アラブ民主共和国(República Árabe Saharaui Democrática: RASD)の代表団が、前触れもなく閣僚会合の会場に現れたことが「小競り合い」「混乱」の発端のように伝えられている。

RASD はアフリカ連合(AU)に加盟しているが、日本政府がRASD を国家として承認していないために、RASD の代表団はこれまでTICAD プロセスに参加することができなかった。横浜でTICAD V が開催された直前の2013年4月には、RASD のアジア担当ムロウド・サイド(Mouloud Said)さんが、TICAD への参加を訴えるために来日したが、日本政府のTICAD 担当者への面会すらかなわなかった(3)。

それでは、なぜ今回のTICAD 閣僚会合の会場にRASD 代表団が姿を見せたのか。モロッコの英字新聞”MOROCCO WORLD NEWS” 8月25日号の記事(4)は、「モザンビーク政府がRASD 代表団を招へい」「モロッコ代表団の実力行使にもかかわらずRASD 代表団をエスコートして会場に入った」と非難している。一方、モザンビーク政府系のモザンビーク・ニュース局(AIM)のレポート(5) は、「AU として、RASD を含む加盟55ヵ国すべてをTICAD に招へいするという合意がなされ、それに基づいてRASD が招へいされことに対して、モロッコ政府が実力行使に出た」と報じている。仏紙”Le Monde” 8月28日の記事(6)によれば、モザンビーク政府は、「モロッコはAU の一員であるにもかかわらず、他のAU 加盟国に対して実力を行使し、国家間の関係を律する諸原則を踏みにじった。モロッコ政府の行為に驚きと嫌悪の念を覚えずにはいられない」とモロッコ政府を非難している。

AU 加盟国としての役割を担うRASD

“Le Monde” で紹介されているモザンビーク政府の発言にも示されているように、RASD はAU の加盟国であり、AU の前身であるアフリカ統一機構(OAU)の主たる目的であった植民地支配からの解放という課題を今日において体現している。今回のTICAD 閣僚会合にRASD 代表団が現れたのは、開催国であるモザンビーク政府がRASD 代表団を招へいしたことに加え、AU の執行機関であるアフリカ連合委員会(AUC)の決定を踏まえた事前調整を経て、AUC によって招へいされたからである。そして、8月24日にモロッコ代表団の実力行使によって開始が大幅に遅れたTICAD 閣僚会合本会議の会場内には、別の入り口から入場したRASD 代表団の姿もあった。

今回のTICAD 閣僚会合へのRASD 代表団参加は、2017年5月にAU のパン・アフリカン議会でRASD の女性国会議員スエルマ・ベイルーク(Suelma Beirouk)さんが北アフリカ代表の副議長に再選されたことと同様に、RASD がAU 加盟国としての役割を担っていることを示していると言えるだろう。その一方で、2015年11月にモロッコのマラケシュで開催された「国連気候変動枠組条約第22回締約国会議」(COP22)に参加するために、スエルマ・ベイルークさんがパン・アフリカン議会代表団の一員としてモロッコに入国したのち、モロッコ当局に拘束され、国外退去を強いられた。2017年3月にAU 主催で開催された西サハラにおける平和と安全保障会議(Peace and Security Council on Western Sahara)では、AU がモロッコの会議参加を要請したにもかかわらず、モロッコはRASD との同席を拒んで出席しなかった。この事に対し同会議名で遺憾の意を表明する声明が出されるなど、AU は、モロッコとRASD の和平交渉を進めるための努力を行っている。

RASD 代表団に実力行使で応じるモロッコ

仏語誌”Jeune Afrique” のウェブサイトに2017年8月25日付で掲載された記事(7) は、モロッコ代表団員が「国連はRASD を認めていない。だから、彼らの退席を求めた。日本も同じ見解に基づいて彼らの出席を拒否した」と語ったと伝えている。前記の朝日新聞ウェブサイト掲載記事では「西サハラは1976年に『サハラ・アラブ民主共和国』として独立を宣言。だが、日本を含め多くの国は国家として認めておらず、共同議長国の日本政府は会合の招待状を送っていないという」と記されている。

前記のモロッコ英字紙の記事や朝日新聞のこの記事は、モロッコからの独立を含む西サハラ地域の帰属が国連が管理する住民投票で決することになっている、という重要な事実に触れていない。国連にはそのための仕組みが設けられており、国連事務総長特使がモロッコとRASD に対して、住民投票施に向けた交渉を促し続けている。この住民投票による帰属決定がなければ、国連によるRASD の承認が行われないのだ。

1975年に西サハラを植民地にしていたスペインの独裁政権がフランコ総統の死によって終了し、スペインが西サハラ地域からの撤退を決定したとき、モロッコとモーリタニアは軍を送って西サハラを占領。地域の独立を求めるポリサリオ戦線(サギア・エル=ホムラおよびリオ・デ=オロ人民解放戦線)との戦争を続けることのできなかったモーリタニアは撤退したが、モロッコは軍の力で占拠を続け、多数の入植者を送り込み、さらに長大な「砂の壁」を作って今日に至っている。『朝日新聞』2017年9月14日号には、モロッコ軍の進駐によって西サハラから逃れざるをえなかった難民が暮らす難民キャンプのルポ記事(8)が掲載された。

西サハラの資源をめぐる闘争の国際化

この記事は、「(西サハラ地域は)ほぼ全土が砂漠地帯だが、地下には豊富な鉱物資源があり、周辺海域は屈指の漁場」と解説している。日本でモロッコ産と原産地表記されているタコには、西サハラ沖で漁獲されたものもかなりあるのではないかと見られている。

RASD は、2015年10月に出されたAU 法務局見解を根拠に、モロッコから積み出される鉱物資源の保全を訴えている。この訴えを受けて2017年5月には、港湾を管轄する当該国の裁判所によって、モロッコの鉱物輸送船がスペイン・マヨルカ島パルマ港および南アフリカ・ポートエリザベス港から出港することを禁じるという決定がなされた。パルマ港では、別の鉱物輸送船が商品の積み下ろしを差し止められるという事態も発生した。パルマ港に入港した2隻は、スペインの上級裁判所が対象となっている鉱物資源は合法的に取得されたものであると認定したことから出港し、積み下ろしが可能になったが、ポートエリザベス港からの出港を禁じられた輸送船は、12月3日時点でなおもポートエリザベス港に係留中である。

こうした西サハラの資源をめぐる動きの広がりに、モロッコはいら立ちを覚えているのであろう。RASDの加盟に反対してOAU を脱退したモロッコは、今年になってAU に加盟した。そしてRASD は、モロッコのAU 加盟を歓迎している。AU とモロッコの関係がどのようになるのか、また、新たな国連事務総長特使任命によって住民投票に向けた交渉がどうなるのか、注目していかなくてはならない。日本政府も、TICAD共催者であるAU とこれまで以上に緊密な関係をつくり、西サハラ問題にも対応すべきであろう。

(1)『産経新聞』2017年8月25日「河野太郎外相もビックリ? TICAD に招待のない西サハラが『乱入』 モロッコと小競り合い演じる」

(2)「西サハラの出席めぐりつかみ合いの争いに TICAD」http://digital.asahi.com/articles/ASK8T24N5K8TUHBI002.html

(3)『朝日新聞』2013年5月26日号「(アフリカはいま)国家と認められない西サハラ 開発会議に招待されず」

(4)’Mozambique Forces Polisario Members Into Japan-Africa Meeting, While Blocking Moroccan Delegation’
https://www.moroccoworldnews.com/2017/08/227107/

(5)’Mozambique condemns Moroccan attack on RASD delegation’ – AIM Report
http://clubofmozambique.com/news/mozambiquecondemns-moroccan-attack-on-RASD-delegation-aim-report/

(6)’A Maputo, un sommet Afrique-Japon vire à la foire d’empoigne entre Marocains et Sahraouis’
http://www.lemonde.fr/afrique/article/2017/08/29/a-maputo-un-sommet-afrique-japon-vire-a-la-foire-dempoigne-entre-marocains-et-sahraouis_5178064_3212.html

(7)’Maroc – RASD : une réunion de la Ticad au Mozambique tourne à la foire d’ empoigne’
http://www.lemonde.fr/afrique/article/2017/08/29/a-maputoun-sommet-afrique-japon-vire-a-la-foire-d-empoigne-entremarocains-et-sahraouis_5178064_3212.html

(8)「(世界発2017)対立40年、苦難の西サハラ 実効支配のモロッコVS 独立派」http://digital.asahi.com/articles/DA3S13131716.html


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